8話「ピジョルプ狩り」
気がついたら、この町に来てから、およそ1ヶ月が経っていた。
僕は稼ぎ方の要領をだいたい掴み、なんと、1100ランほどにまで貯蓄が安定してきた。稼ぎの大元は、ピジョルプの甲羅と、素材集め系のクエストだった。
まだまだその日暮らしだが、貯金が尽きかけた時のことを考えると、だいぶマシになったと思う。
最近知ったのだが、銀猫の宿1階の酒場では、ピリカの実を買い取ってもらえるらしい。それも素材屋で売るよりも、少しばかり高く買い取ってもらえるのでありがたい。ピリカの実も、見つけたら持ち帰り、酒場で売却するようにしていた。
それ以外に新しくやったことといえば、この前、クエスト完了書をまとめて冒険者ギルドに提出した。
提出したクエスト完了書をもとに、冒険者ギルドが審査するのだが、中級冒険者へのランクアップはまだまだ先のようだった。ピジョルプ狩りを1ヶ月も続けているような冒険者なら、当たり前だが。
ランクアップできるかどうかは、こなしたクエストによって決まるなら、ソロだと結構不利になる。もし小団を組んでいるなら、人が多い分、それだけでも大きなクエストがこなせるようになる。ソロには厳しいランクアップ制度だが、地道にクエストを完了させていくしかない。
そういや、シモンは元気にしているだろうか。
あれから、シモンが僕に会いに来ることはなかった。酒場で見かけることもない。やはり、見切られてしまったのだろうか。それはそれで、僕が実力不足で仕方がないことなので、諦めるしかない。
それどころか、1ヶ月経っても僕は小団に所属できる見込みがなかった。この間の酒場で、僕よりも新人っぽい弓士が小団にスカウトされている現場を目撃した。弓士の実力を買ってスカウトしたのだと思うが、やっぱり焦りが出てしまう。
めげてもしょうがない。たとえひとりでも、冒険者として頑張っていくしかない。
僕は今日も、日の出とともにルーイッヒの門を出て、白銀の森を目指すことにした。
* * *
白銀の森へと入る。白い草木に囲まれるのも、最初は目がチカチカしていたが、今となっては違和感が全くなかった。
今日のクエストは、ピジョルプの甲羅を3つ、よろず屋に直接納品することだった。
厄介なことに納品の期限が今日中だった。今日中に集めて納品しに行かないといけないという、忙しくなりそうな日だった。
しかも、ピジョルプの甲羅は無傷で持ってきて欲しいという、地味に難しそうなクエストだ。依頼主は人使いが荒いに違いない。
ピジョルプの甲羅を求めて白い木々の隙間を歩く。森の中は、最初は迷いそうだったが、今では割と道を覚えている。ときどき見かける白い岩が目印になってくれているのだ。
ピジョルプに遭遇しやすいのは、水辺に近いところらしい。水辺に行けば手っ取り早くピジョルプを見つけられるが、複数でいることが多い。なので、ピジョルプを狩るには、水辺に向かいつつも近すぎない場所がベストだった。
水辺の近くまで来ると、早速、ピジョルプの緑色の甲羅が目に入る。
それも3体いる。いっぺんに相手はできない数だ。これは戦わない方が良い。
こっそり逃げるつもりでいたが、1体がこちらに気づくや否や、すぐに突進してくる。他の2体もつられ、同じように向かってくる。かなり厄介な状況だ。
とにかく逃げるが勝ちだ。まずは……
「水流!」
迷わず属性強化装置を発動させ、手のコアから水が流れ出る。後ろの2体はうまく流されたが、先に突進してきた1体は既に飛び上がっており、水流を避けていた。
……気のせいか、飛び上がって襲ってくるピジョルプの動きが遅いように感じる。
何だか今日はいつもより調子が良い気がする。頭が冴え渡っているというか、ピジョルプ3体を目の前にしても、冷静でいられる。そのせいか、考える余裕が生まれていた。
飛び上がったピジョルプが目の前まで迫ってくる。装置を発動させて攻撃するには間に合う距離じゃない。僕は片腕の装置を、顔の前に持ってきて防御体制をとった。ピジョルプが激突しても、反動で後ろに倒れないように脚に力を入れる。
ピジョルプは装置に思い切り当たり、ぽとりと落ちる。脚に力を入れていたおかげで、衝撃に耐えることができた。
ピジョルプは自分が不利になると、すぐに甲羅に頭を引っ込めて身を守る習性がある。落ちたピジョルプが頭を引っ込める前に、短剣を引き抜き、素早く頭を切り落とした。
あと2体。これで僕が倒せる数になった。
流された2体のピジョルプは、いきなり水が飛んできて、あたふたしていた。その様子だけ見ると、もはやただの亀が水浴びしているようにしか見えない。ちょっとシュールだ。
……なんてことを考えている場合じゃない。すぐに1体が水から抜け出し、こっちに駆け出してくる。
装置を再び発動させ、向かってくるピジョルプに狙いを定めて火球を放った。火の球は確実にピジョルプに当たる。ピジョルプは襲ってくるのをやめ、その場で甲羅の中に身を引っ込めた。甲羅が水に濡れていたせいもあり、僕の足元にまで滑ってきた。
すかさず短剣を甲羅の隙間から刺すと、ピジョルプは動かなくなった。生々しくて、少し嫌な感触だ。
あと1体となったピジョルプは、襲いかかってくるかと思いきや、逃げ出してしまった。速すぎて絶対に追えないので、諦めるしかない。
危難が去り、僕は短剣を鞘に戻す。いつもより冷静でいられたおかげか、3体を同時に相手することができた。今まで2体が限度だったのだから、これはちょっとだけ成長したと考えてもいいんじゃないだろうか。
というか、ピジョルプが逃げたのは初めてだった。魔物は自分よりも強いと思う相手に遭遇したときは、逃げる個体がほとんどらしい。
つまり、僕はピジョルプに強さを認められたってことだ。
ん? ということは……?
初めて自分の実力を認めてくれたのが魔物か……。
ちょっと悲しいが、贅沢は言ってられない。1ヶ月もピジョルプ狩りに費やして、ようやく進歩が見えてきたのだ。素直に喜ぶべきことだ。
両方の甲羅の状態を確認してみる。意外にも2つとも無傷だ。どうやら、ピジョルプの甲羅は耐火性があるらしく、火球を浴びせても平気らしい。これを材料にすれば耐火性のある防具が作れそうなので、無傷の甲羅が高く売れるのも理解できるような気がした。
ナイフを取り出し、慣れた手つきでピジョルプの身を甲羅から引き剥がした。もう何百回もしている作業なので、今なら誰よりも上手いような気がする。
傷ひとつない甲羅を荷袋に入れる。これがけっこうずっしり重たい。
納品するのは、あと甲羅1つだ。手に入れたら、今日は早いところ町に戻ろう。