6話「瓜二つの知人」
僕とシモンは町に戻り、素材屋にて魔物から取れた素材を売却した。シモンが売ったピジョルプの甲羅は、全部で20ランだった。素材屋の爺さんによると、甲羅は傷の付いていない状態だと、もっと高く売れるらしい。そのためには甲羅に傷を付けずに倒す必要があるが、かなり難しそうだ。
僕が売った魔物のツタは、8本で25ランだった。苦労して切り取った割にはけっこう安い。
あの魔物の名前はピリカモドキと言うらしい。そのままの名前だ。ピリカとほとんど見分けがつかず、不意をつかれて苦戦する冒険者が後を絶たないらしい。赤い実は魔物の卵らしく、素材屋では売却拒否されるみたいだった。持ち帰らなくてよかった。
そのあと冒険者ギルドでピリカの実を納品し、無事に150ランを受け取った。シモンにも手伝ってもらったので、報酬は半分ずつにしたかったが、「いらない」とキッパリ断られた。
冒険者ギルドを出た頃には日が完全に暮れていた。シモンと共に『銀猫の宿』1階の酒場で夕食を食べることになった。
酒場に着くと、相変わらず冒険者でごった返していたが、なんとか席を確保することができた。僕は昨日と同じ『ピリカ入りのトマト煮込み』を注文し、シモンは『和風定食』を注文した。
「あなた、ピリカモドキを目にして、よくそれを食べようと思うわね」
シモンは呆れたように言う。
「けっこうおいしい」
「あっそう……」
シモンはやや引いていたが、実際、昨日食べてからハマりつつあった。かなり辛いが、絶妙にクセになる。
「ねえ、さっきその装置から火の球を出してたわよね? どういう風になってるの?」
シモンは僕の両腕に着いている属性強化装置を指差して言う。
「中身が機械仕掛けになってる。着けてみるか?」
「えっ、いいの……?」
おもちゃを買ってもらった子どものように、シモンは目をキラキラさせる。留め具を数箇所外し、片腕の装置だけシモンに渡した。
「うーん、ぶかぶかね……」
シモンの腕には大きいようだったが、留め具をはめると、そこそこ安定した。
「どう? 似合うかしら!」
自慢げに聞いてくるが、正直、装置が無骨すぎて死ぬほど似合わなかった。
「いでよ火の球ー! あれ、出ないわね」
シモンは空中に手を向けるが、火の球は出なかった。店の中なので、むしろ出てしまっては困る。現に、酒場の店員がぎょっとした顔でシモンを見ていた。
「それ、仕掛けを熟知してる者じゃないと発動しないんだ」
「錬金術師じゃないと使えないってことね……残念。これ、もしかして自作?」
僕は頷いた。
「中身の仕掛けは、錬金術師によって千差万別なんだ。火を発生させる人もいれば、電気を発生させる人もいるから。何を発生させたいかによって、装置を改造していくんだ」
「なるほどね……ちなみにレイの装置は火を発生させるのに特化してるのよね?」
「ああ、火を出すことに特化してるが、他にも水や風を出すことができる。もし火が燃え広がったときに水で鎮火できるだろ」
シモンはぽかんと口を開けた。
「な、なんかあなた……無駄に慎重よね。良い事だとは思うけど」
無駄という言葉がけっこう刺さったが、確かに間違いではなかった。冒険者に必要な大胆さが、僕には欠けているような気がしていた。
そういえば、冒険者になることを師匠に言った時に、遠回しに向いてないと言われたのを思い出した。その時に、やたら研究職を勧められたのを覚えている。思い出すとちょっと悲しくなってきた。
料理が来たので、シモンに属性強化装置を返してもらい、食べることにした。シモンの『和食定食』は、魚やら野菜やら、様々な食材が程よく使われていて健康に良さそうだった。
早速トマト煮込みを食べる。やっぱり癖になる辛さだ。
「……ねえ、ちょっと変なこと聞いてもいい?」
シモンは食べながら言う。さっきとは打って変わって、真面目な顔をしていたので、楽しい話ではないのだろう。僕は無言で頷いた。
「私に見覚えがあったりしないかしら」
見覚え……。そういえば最初に会った時、シモンは僕のことを昔の知り合いに似ていると言っていた。
「いや、今日初めて会ったと思う」
「……そ、そうよね……。そんなはずはないよね」
シモンは箸を動かすのをやめる。物悲しい面持ちだったので、思いきって聞いてみることにした。
「僕の顔は、知り合いにそっくりなのか?」
「そっくりって言うか……瓜二つなのよ。最初は別人かと思ったけど、それにしては何もかもが同じすぎる。顔も一緒だし、あなたの青い目も同じ。身長もそれくらいだったわ。黒髪だったし、あなたの片目が隠れたような髪型も同じよ。……あと、そういう機械いじりが好きそうなところとかも……」
シモンは畳み掛けるように言ったが、途中で口を止める。
「……ごめんなさい。こんなこと、あなたに言っても仕方ないわよね」
そう言うと、誤魔化すように箸を動かし始めた。
瓜二つとは、いったい。怪奇現象的な話では、世界には自分と瓜二つの人がいて、出会ったら死ぬ……みたいなのは聞いたことがある。胡散臭い話は信じないタイプだったが、いざ自分と同じ顔をもつ者がいたと聞くと、少しだけ気味が悪い。
「実は僕に双子がいたとか、そういう可能性はあるんじゃないか?」
もしそうだとしたら、自分に大いに関係のある話だ。しかし、シモンは首を横に振った。
「その知り合いは、行方がわからないのか?」
シモンは首を横に振り、そして口を開いた。
「……死んでるの。とうの昔に」
何と言うべきか迷うと同時に、色々質問してしまったことを後悔した。すると、シモンは急に笑顔を向けた。
「……暗い話はもう終わり! さ、どんどん食べましょ。ここのご飯美味しいわね」
シモンはそう言い、ご飯を頬張った。色々聞きたいことがあったが、これ以上話したくないようだ。むやみに聞いても、彼女を傷つけてしまいそうな気がする。
そういえば白銀の森に入る前に、シモンは、一緒に小団を組むことについて、正式に誘ってくれるなら、考えはするけど期待はしないで欲しいと言っていた。もしかすると、既に亡くなった知り合いと同じ顔をしている僕と、一緒に行動するのはつらいから、そんな風に言ったのではないだろうか。
単純に、シモンがソロで探索するのが好きだから渋った可能性もあるが。
今日、シモンはどんな気持ちで僕と一緒にいたのだろう。
美味しそうに米を頬張るシモンを見て、僕はそう思った。