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GODSPEAR  作者: 辰巳杏
第1章「旅の始まりと、守りたがりな少女」
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5話「初陣」

 森に入ると、魔物が潜んでいるとは思えないほどに、とても静かだった。辺りを見回せば、一面白い木で、人の手が全く入っていない景色に不安を覚える。


 依頼書によれば、ピリカの植物は高地に生えているらしい。白銀の森は平地ではなく、場所によっては崖になっているらしいので、少し気をつけた方がよさそうだ。とにかく、高地を目指して歩いていけば、ピリカの植物が見つかるはずだ。


 そう思いしばらく歩いていたが、坂道になる気配が全くない。


「けっこう遠いのか?」


 魔物を引き付けないように、なるべく声量を下げてシモンに話しかける。


「そうね……気長に歩きましょう」


 シモンも声量を下げて答えた。それ以上は何も言わないので、無駄口をたたきたくないのだろう。


 あまり長話ができないので、とにかく気を張りながら無言で歩き続けるしかない。歩きながら、常に魔物を警戒するのはけっこう疲れることだった。慣れていくしかない。


 だんだんと上り坂になってきた、その時だった。


 右の方向から異様な気配がする。すぐに目を向けると、白い木々の隙間から、緑色の物体が2つ見えていた。周りが白いだけ、その物体はかなり目立っている。


 緑色の正体は、亀のような生物の甲羅だ。間違いない、シモンが言っていたピジョルプという魔物だ。2体のピジョルプはすぐに僕たちに気づき、凄まじい速さでこちらに突進してくる。


 けっこう離れているはずだ。この距離でも気づかれるのか。


 慌てて属性強化装置を構えるが、ピジョルプはもう目の前まで迫っていた。こちらの攻撃は確実に間に合わない。まずは避けるべきか──


 僕の視界を、薄い桃色の着物が覆った。シモンが僕を庇うように立ち、驚いたその時には、真っ二つに割れた甲羅が彼女の足元に落ちていた。


 あまりにも速い。シモンは一瞬にして抜刀し、ピジョルプを切り落としたのだ。もう1体のピジョルプも、あっという間に、間合いに入られ切り落とされていた。シモンは刀を一振りして、刀に付着した血を飛ばし納刀する。


 僕が武器を構える一瞬の出来事だった。彼女、相当強い。


「大丈夫? 怪我はない?」


 シモンはさっきまでの迫力が嘘のように、いつもの明るい口ぶりで話しかけてくる。


「……ああ。すごいな……攻撃する暇もなかった」


「魔物は人に気づくとすぐに襲ってくるから、見かけた瞬間に武器を構えると遅れを取らずに済むわよ」


 シモンは自身の荷袋からナイフを取り出した。しゃがみこみ、真っ二つに割れたピジョルプの残骸にナイフを入れる。手馴れた手つきでピジョルプの身と甲羅を分離させ、甲羅だけを素材袋に入れた。他の残骸も同じようにし、甲羅だけを袋に入れる。


「ピジョルプの甲羅は素材屋で売れるから、倒したら甲羅だけ回収するといいわ。これは私がもらってもいいかしら」


「ああ、もちろん」


 むしろ、何もしてない僕が素材を貰うのは図々しい。


 シモンが想像以上に強いと言えど、何もできなかった自分が恥ずかしかった。さきほどシモンと、仲間になってほしいといったような会話をしていたので、更に恥ずかしい。新米の僕が、仲間になって欲しいだなんて、かなりおこがましいのではないか……と思った。


 せめて、探索中はシモンの足を引っ張らないようにしたい。


 高地に向けて、再び歩き出す。しばらく歩き、高地らしきところにたどり着いた。


 所々に赤い実を付けた緑色の植物が、わかりやすく生えていた。恐らくこれがピリカだ。白い木々や、白い植物だらけの中、なぜ緑色の植物が普通に生えているのかはよくわからなかったが。


 早速、指定された袋を取り出した。この袋は、冒険者ギルドのクエスト窓口で受け取った物だ。これにピリカの実を詰めて、クエスト窓口に納品すればクエスト完了となる。


 ピリカの実を手に取り、どんどん袋に入れていく。ピリカの実は細く、たくさん集めなければ袋がいっぱいにならなさそうだ。


「手伝うわよ」


 シモンも、僕がいる場所とは別のところの植物から、ピリカの実を摘み取り始めた。


「ありがとう」


 礼を述べ、摘み取る作業に集中する。


 ふと、僕が摘み取っているところの隣りに生えている、ピリカの植物の葉が目に入る。それを見て、奇妙な違和感に襲われた。


 若干だが、葉っぱの形が違うような気がするのだ。目の前の葉は、かなりトゲトゲしていて触ったら痛そうだが、隣の植物の葉は、トゲトゲが少なく丸っこい形をしている。ほんの少しの違いだが、見比べるほど、違う葉っぱに見えてきた。


 なんとなく本能で、属性強化装置を構え、防御体制をとった。


 その瞬間。


 植物のツルが勢い良く伸びてきて、属性強化装置がツルを弾いた。反動で後ろに倒れそうになるが、何とかこらえた。違和感を持った植物は波打つように動き出し、再び僕に向けてツルを伸ばしてくる。明らかに攻撃されている。


 一体何が起きているのか分からない。けど、魔物に襲われているのは確かだ。


 もう、さっきみたいなヘマはしたくない。属性強化装置に覆われた手のひらを、植物に向ける。


「発動……!」


 手のひらの中心にあるコアが赤く光り輝き始めた。


「火球!」


 唱えるのと同時に、赤く光るコアから火の玉が放たれる。火の玉は植物の魔物に直撃……とまではいかなかったが、少しかすって通過した。属性強化装置の発動に反応して、魔物が避けたのだ。


 しかし、直撃しなかったとはいえ、攻撃は無駄ではなかった。植物の魔物が火球を避けたことで、隙が生まれた。


 その隙を見逃すまいと、あっという間にシモンが間合いに入り、魔物が左から右へと斬られる。植物の魔物は、「ピギィィ」と奇妙な断末魔をあげ、倒れ込んだ。


 倒れ込んでもなお、しばらくうねうねと動いていた。かなり気持ち悪い動きだ。


「うわあ……」


 その様子を見て、シモンは退いて魔物から距離をとっていた。だいぶ引いているようだった。


 魔物はしばらく経つと完全に動きを止めた。絶命したようだ。


「び、びっくりしたわね……まさかこんな魔物がいるなんて」


「ああ……パッと見ではわからないくらい、ピリカにそっくりだな」


 他の植物が襲ってくる気配はないので、ほっと胸を撫で下ろす。


「でもレイ、よく奇襲に反応できたわね。気づいてたの?」


 シモンに聞かれ、葉っぱの形が本物と少しだけ違っていたことを説明した。シモンは倒れた魔物に恐る恐る近づき、葉っぱの形を確認し「言われてみれば……」と納得する。


 僕も植物に擬態した魔物が気になったので、上下に斬られた魔物の元に寄る。その葉に手で触れてみると、属性強化装置越しでも、葉が頑丈で簡単にはちぎれないことがわかった。ツルを両手で引き伸ばそうとしてみると、弾力があり、強靱であることがわかる。


「よく触れるわね……」


 シモンは手を口に当て、あからさまに嫌そうな顔をする。


「……ピジョルプの解体は平気そうじゃなかったか?」


「あれとこれは別よ! これはなんか、うねうねしてて気持ち悪いじゃない……」


 そう言い身震いする。とにかく、シモンはうねうねした魔物が嫌いなようだ。


 植物の魔物のツルが頑丈そうなので、持ち帰ると素材として売れそうだ。荷袋からナイフを取り出し、ツルを切り落とそうとするが、硬すぎてなかなか切れない。シモンに刀で切り落として欲しいと思い、彼女の顔を見るが、あからさまに嫌そうな顔をしたのでやめた。仕方なく、力押しでツルを切り落とす。


 太すぎるツルは切れないので、細いものだけをいくつか頂戴する。赤い実の方は触ってみると硬く、何だか卵みたいだったので、気味が悪くてやめた。


 集めたツルを自分の素材袋に入れ、ピリカの実集めを再開する。今度は、植物に近づく前に葉っぱの形をを確認するようにした。


 実が袋いっぱいになる頃には、日がだいぶ傾いてきていた。日が沈むと真っ暗になりそうなので、そろそろ町に戻った方がいいかもしれない。


「そろそろ帰る?」


 シモンに問うと、彼女も同じことを考えていたのか頷いた。


「ええ。日が暮れると、ヴォルフオガが活発になって、活動範囲が広がるの。森の入口付近に現れることもあるわ。視界も悪くなって危険だから、早めに戻った方がいいわね」


 ヴォルフオガは、集団で行動するオオカミみたいな魔物だ。確かに襲われたら厄介だ。


 ピリカの実が入った袋を荷袋に入れ、森の入口に向けて歩き出した。


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