第98話 アレックスが往く(1)
「おい小僧!
お前、あれ食えるようになったのか?」
「あれ?」
山道を進みながらも、ケタケタと笑いながら訊ねてくるアレックス。
そんな彼に対して、マルヌスは小首を傾げながら聞き返す。
アレックスはやや左上に視線を向けながら、昔の記憶を手繰り寄せるが――。
「ほら、あれだよ! あの――」
「ああ、あれか――グルメフロッグ」
アレックスの言わんとしている事を先に察したマルヌス。
そう小さく呟いたかと思えば、次の瞬間ニヤリと自信あり気に笑った。
「聞いて驚くな?
昔はマザーに付き合って嫌々食ってたけどな!
今じゃあグルメフロッグは大好物だぜ!
ついでに言えば、グレイオオヤモリや、クリスプスネーク、マッドタートルなんかも美味いと思うようになったんだぜ!?」
半ば興奮気味に息巻いたマルヌス。
そしてドヤ顔を浮かべたまま、自分より背の高いアレックスを見上げて一言。
「これって所謂、舌が肥えたってやつだろ?」
そんなマルヌスとは対照的に、アレックスはキョトンとした顔をしながら口を開く。
「――は? 馬鹿じゃねぇのか?
あんなもん、ゲテモノ食材以外の何物でもねぇ。
特にマッドタートルの臭い肉なんか、食えるわけねぇじゃねぇか!」
そう冷たく言い放たれたマルヌス。
一瞬、何を言われたのかわからないとばかりに固まる。
しかし、すぐに後ろを振り返る。
他の人の反応はどんなものなのか、と。
リジエは顔を顰めていた。
そして、「うげぇ!」とでも言わんばかりに舌を突き出していた。
ネストに至っては、特に表情を変えることもなく、淡々とした様子でアレックスに語りかける。
「アレックス様。横から口を挟むようで申し訳ありませんが。
今のはマルヌス君なりのジョークだと思います。
笑って差し上げるのが良いかと」
「なんだ、そういう事か!
俺はお前をからかってやるつもりで言ったんだが、逆に一本取られたってことか!」
ネストに指摘されて納得がいったのか、アレックスはニヤニヤと笑みを浮かべながら続ける。
「この小僧が。
一丁前にジョークなんか言うようになりやがって。
でも、なげぇ!
もうちょっとスマートにズバッとこう――『ウェット』なやつ、言えよな!
ハッハッハーーーッ!」
豪快に笑うアレックス。
それを聞くなり、ネストは無表情のまま口を開いた。
「アレックス様。濡れてもどうにもなりません。
それを言うなら『ウィットに富んだ』です。
流石はアレックス様。ご冗談も一流でございますね」
そんなネストの顔を見るなり、プルプルと肩を震わせるリジエ。
「ちょっと、ネスト。そう思うなら笑いなさいよ。
真顔でツッコミって。
……真顔で。
……『濡れてもどうにもなりません』って……!
……だめ。笑けてくる……ッ!
あっはっはっ!」
そんな賑やかな雰囲気の中で。
(別に、冗談じゃないのに……)
マルヌスだけが一人、悲しそうに俯いていた。
***
「――というか、緊張感無さすぎじゃないですか?」
ふと、マルヌスが問いかける。
危険な魔物が数多く生息するナリルピス岳に足を踏み入れているにも関わらず、一行には冗談で笑い合う余裕すらあるのだから、マルヌスの言うことも尤もである。
「仕方ないじゃない。
だってさっきから、一匹たりとも魔物と出くわしてないんだから」
ふぅ、という軽い溜息と共に、リジエがそう言う。
その隣で、ネストはメガネを指でクイっと押し上げて続ける。
「おそらく、先ほどのアレックス様の叫びのおかげで、我々に近づこうとする魔物が減っているのかと」
なるほど、とマルヌスは思った。
そして同時に、襲ってくる魔物が少ないことは良い事だとも思った。
しかし、すぐにアレックスが、背負っている大斧に手をかけて小さく一言。
「いいや。来るぜ……」
そう言って足を止める先頭のアレックス。
それに合わせて、後ろの三人も足を止め、周囲を警戒する。
――魔力濃度の高い土地においては、魔物の気配というものも感じにくくなる。
空気中に漂う魔力が、魔物が放つ魔力を薄めてしまうからだ。
しかしそれはあくまで、人間側の立場において、である。
一般的に、魔物の方が人間よりも嗅覚が優れている。
魔物たちは、外界から自分たちのテリトリーに入ってきた人間という『異物の匂い』を敏感に感じ取ることができる。
そして、排除しようと襲ってくるのである。
だから必然的に、ナリルピス岳を狩場とするべキャットのハンターたちは、『受け身』の姿勢が強めなのだ。
不意に襲われる事など、日常茶飯事。
むしろ、襲われるのを待つ。
だからこそ、心はいつもニュートラルに。
気負いすぎる事なく、自然体で山を歩くのである。
先程までの気の抜けた会話から一転、ネストとリジエの眼光は鋭く光る。
――それこそ、間違いなく一流の、プロのハンターの目。
そんな二人の様子に、マルヌスは驚きを隠せなかった。
「来るぜ、来るぜ! ――近付いて来てんぜぇぇぇ!!」
アレックスは楽しそうに声を荒げた。
同時に、一行の周りの茂みがガサガサと乱暴な音を立てた。




