第97話 遠方からのお呼び出し(4)
「なんと! 寝ておられる!?」
「立ったままなのに!?」
やばい。ネストさんとリジエさんが驚愕している。
というか、呆れられるぞ。
それでいいのか、ギルドランキング4位!
俺はツカツカと足早にアレックスの元に歩み寄り、ゲンコツを真横に振りかぶる。
そして、彼の腹部めがけて一気に振り抜く。
「おら! 起きろ!」
――ゴスッ!
鈍い音が響く。
俺の拳の側面が、アレックスの腹部に刺さる。
ここは体のパーツの中でも、謂わば可動部。防具をつけていない場所なはず――なんだが。
「な!? 何を!?」
「殴った!?」
再び驚きの声を上げるネストさんとリジエさん。
――と、俺。
「……いってぇぇぇ!!」
こいつの腹、硬すぎ!
まるで鉄の鎧を殴りつけてしまったかのような衝撃が俺に拳に伝わってきた。
一体、どうなってるんだ!?
間もなく、大あくびと共に目を開くアレックス。
「……ふぁーあ!
お! よお、小僧! 久しぶりじゃねぇか!
元気してたか?」
「元気だったよ! さっきまでな!」
俺は真っ赤になった手を押さえ、涙目で叫ぶ。
一方でアレックスは、状況が飲み込めない様子で不思議そうな顔を浮かべていた。
***
アレックスが目覚めてから、一行はナリルピス岳に足を踏み入れた。
どうやらアレックスがギルドの前に到着したのは、前日の夜中だったという。
そして外が明るくなるまで、彼は眠れなかったそうだ。
理由は本人にもわからないらしい。
聞いてみても「なんでだろうなぁ」と首を傾げるだけだった。
――しかし。
仮にもし、この場にサーロンやブルーノがいたならば。
その理由の推測ができたであろう。
そしてクスクスと笑いを漏らしたに違いない。
理由は単純。
久しぶりにマルヌに会える――そのことが、アレックスの気持ちを昂らせていたから。
しかし、アレックス本人も含め、この場にいる誰もが、そんな理由などわかるはずもなかった。
ついでに言うと、『どうせ待つならばギルドの中に入っていればよかったのではないか?』という疑問を抱いたのは、ここにいる四人の中でもネストのみであった。
しかし彼は、まさか『英雄アレックスともあろう人がそんな事を思い浮かばない筈がない』と。
『きっと何か事情があったのだ』と考え直し、その疑問にはそっと蓋をした。
なお、実際のところは……。
単細胞なアレックスには、思い付きもしなかった……いや、そこは深く追求しないでおくのが、優しさというものである。
「リジエ、わかっていますね?」
先を歩くアレックスとマルヌスの後ろ姿を見ながら、ネストは小声でリジエに囁く。
それに対して、リジエは小さく首を傾げた。
「何が?」
「あのマルヌスという少年、アレックス様との関係はいまいちわかりませんが……。
彼の体付きを見る限り、おそらく戦闘員ではないでしょう。
アレックス様の補佐役といっても、調査員のような方だと思います」
「ふーん。じゃあ守ってあげないと」
「そういうことです」
二人の密談は速やかに終了し、アレックスとマルヌスの耳に入ることはなかった。
「――そうだ。いつものやつ、やっとくか!」
不意に、先頭を歩くアレックスが呟く。
「お前ら、ちょっと耳塞いどけ!」
そう言うアレックスの声に疑問を浮かべながらも、マルヌス、ネスト、リジエの三人は言われた通りに自身の耳を塞ぐ。
そんな三人の様子を確認すると、アレックスは大きく息を吸い込んだ。
「『アレックス・ケイン』はッ!!
ここにいるぞおおおおおおーーーーッ!!」
大地までをも揺るがすほどの強烈な叫び。
空気が振動し、木々も揺れる。
近くにいた三人は顔を歪ませ、目を白黒させていた。
「……い、いきなりなにやってんだ!?」
そうマルヌスが訊ねれば、アレックスは「あぁ?」と小さく唸る。
「いやよお、なんかわかんねぇけど、俺たち狙われてんだろ?
だから敵さんに、俺の居場所がわかるようにってよ。
わざわざ教えてやってんのよ! 親切だろう?」
確かに、一回目の十位会談で『自らを囮にして敵を誘き出そう』という意見を最初に言い出したのはアレックスだった、とマルヌスは思い出した。
(それにしても、こんな脳筋なやり方って……)
「……ここ数日、街まで届いていた地響きは、これが原因でしたか」
「『何か良からぬことの前触れじゃ』って、街の祈祷師のおばあちゃんが言ってたのに!」
未だキーンと耳鳴りが止まず、顔を苦しそうに歪めながら、ネストとリジエが口を開く。
そんな彼らの言葉を受け、アレックスは高らかに笑った。
「ハッ! そしたらその祈祷師のばあさん、大嘘つきの詐欺師だぜ!
なんたって、俺様がいるんだ!
恐れることなんて何もねぇじゃねぇか!」
(これで敵が本当に来ちゃったら、『災を呼んだ男』になっちゃうんだけど。
わかってないんだろうなぁ)
マルヌスはそう思ったが、それを聞いた時のアレックスの反応が面倒くさそうだったので、黙っておくことにした。




