第96話 遠方からのお呼び出し(3)
ギルドの二階。
ここは簡易的な宿泊施設のようになっているらしい。
小さな部屋が数個並ぶ。
その先に、共同で使用するトイレとシャワールームがあるようだ。
ロータスのギルドはどうなのだろう。
きっと、こことは違うんだろうなぁ。
ロータスの街は外からの訪問者も多いから、宿屋が街中に点在している。
だから、ギルドに泊まるなんてパターンは起こり得ないように思う。
その点、このべキャットの街は、危険なナリルピス岳の近くに位置することもあり、訪問者は少なそうだ。
だからこそ、一般の宿屋なんかも少ないのかもしれない。
その他の違いとして、このべキャットのギルドには、酒場のようなスペースは無さそうだ。
きっとこの街のハンターは、仕事の場としてのギルドにおいて、飲酒をする事は無いのだろう。
決して飲酒を悪い事だと言うつもりはないものの、なんとなく、ロータスのハンターとの『仕事に対する意識の差』のようなものを感じる。
――そう思った瞬間、ここが、ナリルピス岳の近くであるということを改めて認識し直した。
それと同時に、気が引き締まる思いがした。
この街に暮らすハンターは、その多くが、『高ランクのギルドランカー達』である。
理由は簡単。
ナリルピス岳を住処とする強力な幻獣種――それらが、ロータスの街やその付近の村々に近づかないように監視し、場合によっては速やかに討伐する、という重大な任務を背負わされているからだ。
俺が暮らしてきたブロル山とは段違いにレベルの違う山。
それがナリルピス岳。
そこを狩場とするべキャットのハンターの意識の在り方が、ロータスの者と違うのは当然なのかもしれない。
***
翌朝。
支度を整え、二階から降りる。
すると、昨日と同じく、おっとりとした穏やかな雰囲気の受付のお姉さんが、優しい笑顔で俺を迎えてくれた。
「おはようございます。
お寝坊さんではなかったですね。偉いです」
……本当にこの人は、俺の事をなんだと思ってるんだろう。
ただ、なんだろう。
悪い気はしない。
満更でもない俺の表情に「ふふふっ」と小さく笑ったお姉さんは、外へ通じるスイングドアの方向を手で指した。
「アレックス様がお外でお待ちですよ」
おお!? 早い!
アレックスって確か、朝は弱い方だったと思うけど。
――ともかく、行くか。
爽やかな朝日が差し込む出口に向かい、スイングドアを押し開いた。
***
「おや、貴方は――」
ギルドの外で俺を出迎えてくれたのは、アレックス――ではなく。
サラリとした深緑の髪。
それと同じ色の縁のメガネをかけた、細身の男。
手には長い槍を携えている。
「――どちら様でしょうか?」
彼は、その切長の目で俺の事を見据えながら訊ねてきた。
そんな彼の後ろからは、明るめな茶髪の女性がひょこっと顔を覗かせていた。
多分関係ないが、どことなく、シエルに似ているような女性。
彼女もまた、長い棒状のものを手にしていた。
ただし、槍ではない。
おそらくあれは杖だろう。
「あれ……? アレックスは……?」
予想外の光景に動揺しつつ、俺はキョロキョロと辺りを見回す。
そんな俺の挙動から何かを察したメガネの男が、「ああ!」と声を発した。
「貴方、もしかしてアレックス様の補佐の方ですか?」
補佐、か。
まあ間違ってない。
俺はアレックスに呼ばれてここに来たわけだし。
恐る恐る頷く。
すると、メガネの彼とその後ろの女性は、きちんとこちらに向き直った。
「そうでしたか。私の名は『ネスト』。
そして彼女の名は『リジエ』。
このべキャットの街のハンターを代表して、今日は我々も同行させていただきますので、よろしくお願いします」
そう言って、メガネの男性――ネストさんは、ペコリと丁寧にお辞儀をしてくれた。
そんな彼の様子を見て真似るように、続けてお辞儀をする女性――リジエさん。
そんな彼らに対して、俺も慌ててお辞儀を返す。
「マルヌ――いえ、マルヌスです!」
「マルヌス君……ですか。よろしくお願いします」
依然として丁寧な口調ながらも、若干冷たい印象を受けるネストさんと、
「キミ、年下だよね?
よろしくね! マルヌスくん!」
にっこりと笑い、砕けた口調のリジエさん。
ううむ。同じ呼ばれ方でも、印象がずいぶん変わるもんなんだなぁ。
ところで、肝心のアレックスは……。
「――あちらです」
俺の言わんとしている事を汲み取ってくれたらしいネストさんは、後方に視線を向けた。
そんな彼の視線の先を追うように、俺もそちらに目を向ける。
そこには、腕を組んで仁王立ちしているアレックスの姿があった。
「アレックス様にお会いするのは初めてなのですが、ずいぶんと寡黙な方なのですね。
我々の言葉には一切反応してくださらず、この場に留まり続けておられたので、誰かを待っているのかと思いましたが、その予想が合っていてなによりです」
はあ? 寡黙ぅぅ?
そんなわけがない。
そんなわけが――ないよなぁ、やっぱり。
「いや、あれ。寝てるだけです」
こんな事、言うのも恥ずかしい。
ネストさん、すみません。




