第95話 遠方からのお呼び出し(2)
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「ほれ、マルヌ殿! もう着きますぞ!
いやあ、楽しい旅でしたな!」
「どこが!?」
ニコニコと笑う御者のおじさん。
そんな彼の言葉に絶句しながら、俺は馬車の窓から顔を出し、前方を見つめた。
辺りはもう暗い。
そんな中でも、煌々と輝く光の点々が視界に入る。
――あれが、ナリルピス岳に最も近い街、『べキャット』か。
目の前に聳えるのは、大きな門。
そしてその脇を固める石造りの壁。
この壁は街を覆うように、ずーっと長く続いている。
所謂、城塞都市である。
まあ、ロータスの街も似たようなもんなのだが。
べキャットの方が小さい街であり、なおかつ、強力な魔物の住処であるナリルピス岳の近くであるからか、ロータスの街に比べて華やかさが少なく、強固で無骨な印象を受ける。
加えて、今が夜であることも、この壁の威圧的な雰囲気をさらに印象深いものにしている気がする。
門の前まで進み、止まる馬車。
御者のおじさんと門番の兵との会話はスムーズに交わされ、特にトラブルもなく、馬車は門をくぐる。
物物しい外壁とは対照的に、街の中は至って平穏だった。
家の作りもロータスのものと変わらない。
ロータスの街に比べたら少ないものの、人々も行き交っている。
ナリルピス岳の近くとあって、危険な地域であるのには変わらないはずだが、街の治安は良さそうだ。
そうしてしばらく進んだ馬車は、べキャットのギルドの前に到着した。
俺は凝り固まった体に鞭を打ち、馬車から降りる。
「お疲れ様でございました」
「お互いに、ですね」
俺は、ははは、と乾いた笑みを浮かべた。
疲れた。本当に疲れた。
それもそのはず。
なんたって、ロータスからこのべキャットまでの道のりは、馬車でまる二日かかったのだから。
途中、馬車の中で眠っている間にとある街に入っており、
「もう着いたんですか!?」
と訊ねた際、
「何をご冗談を! べキャットまではまだ半分しか進んでおりません。
今日はこの街で宿を取りますよ」
と言われた時の俺の絶望ったらなかった。
知らなかった。こんなに遠いなんて。
何を隠そう、俺はべキャットに行くのは初めてだったのだ。
初日と同じように、二日目である今日も、一日中馬車に揺られていた。
途中で何度か馬を休ませるための休憩は挟んではいたが、所詮はその程度。
俺の体はガチガチに固まっており、悲鳴を上げていた。
「こ、腰が……」
「ははは! 今日のは少し、激しかったですからな。
まあ私としては、物足りないくらいでしたが」
「……勘弁してくださいよ。あれ以上は。
腰が逝ってしまいます」
――言っておくが、俺たちの会話に、他意はない。
「よく平気ですね?」
「これくらいであれば、どうってことありません。
まあ……途中でマルヌ殿が眠っていらっしゃる間に、二度ほど盗賊に襲われましてね。
彼奴等を追い払ったのが良い運動になったのかも知れませぬ」
――え?
「ほっほっ! 驚かれましたかな?
こう見えて私、ギルドランキングは25の位をいただいておりますゆえ」
そう言って御者のおじさんは、ふふっと笑った。
……なるほどね。
あのサーロンが護衛を用意しなかった理由がわかった気がする。
そう思うと、途端にこの白髪混じりで口髭を生やした御者のおじさんの姿が、急に仕事のできるスマートなおじさまに見えてきた。
服装もきれいな燕尾服だし。
「では、私は別件で用事がありますゆえ、ここで失礼させていただきます。
また三日後の朝に」
「三日後?」
「何を呆けた顔をされているのですか?
三日後、またロータスの街へ帰るのですよ。
……二日間かけてね」
「あ……あ、あ……」
まじか。
まじだよなぁ。
こりゃあ、まじで逝くぞ、腰。
***
ギルドの受付のお姉さんにサーロンから受け取った手紙を渡す。
「これは剣聖様のものですね。拝見させていただきます」
お姉さんは慣れた手つきで手紙を開封すると、さらりと目を通す。
すると、「まあ!」と大袈裟な声をあげて、口元に手を充てがった。
「あなたがあの――ッ!
思ったより随分と……お若いのですね」
目を丸くしながらも、俺のことを下から上に、じっくりと見つめてくる。
おっとりとした口調が似合う、垂れ目の美女。
そんな彼女にこうしてまじまじと見つめられると、なんだか照れる。
「では今日から二日間は、ギルドの二階の部屋をお使いください」
そう言って部屋の鍵を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
すごいな、サーロンからの手紙。
説得力が半端ない。
俺からは何の説明もしていないのに、ここまでスムーズに話が進んでしまった。
早速二階に上がろうと、受付横にある階段に足をかける。
――すると。
「トイレは二階に上がって突き当たりを右。
シャワーはその向かいにあります。洗面台も」
「わかりました」
「ゴミは廊下に出しておいていただければ回収します。
タオルや歯ブラシ、寝間着の用意はありますか?」
「は、はい。……あります」
「長旅でお疲れでしょうから、今夜はお風呂に入って早めに寝てくださいね。
疲れを明日に残さないように。
あ! 寝る前には歯を磨いてくださいね」
彼女は俺のことをなんだと思っているのだろう。




