第93話 焦燥(3)
「そ、そんな……!?」
驚嘆の声を漏らしつつも、ヨロヨロと力無くその場に膝をつく。
そんな俺に憐れみの視線を向けながら、先生はポツリと一言。
「なんか、途中までいい感じだったのにな」
……いいや。
勿論、一回で成功するなんて、そんな虫のいい話しがあるわけがない。
詠唱。もう一度やるぞ!
気を取り直して立ち上がる。
すると、そんな俺たちの様子を見ていたのか、一人の小柄な人影がこちらに歩いてくるのが視界の隅に映った。
「あらあら。残念でしたね」
……俺を見下すようなこの声の主には覚えがある。
ちらりとそちらを見やれば、そこにいたのは俺の予想通りの人物。
――生徒会書記係、レタリーさんだ。
「さっきの、見させてもらいましたが。
先日も言った通り、やはりあなたは魔力が練れていないのですよ。
だから詠唱をしたとしても、その詠唱についていけるだけの魔力が放出できず、魔法形成まで辿り着けていない……」
レタリーさんの言葉を聞くなり、ダーリィ先生が「ほぉ」と感心したように口を開く。
「なるほど、魔力を練るところかー。
見当もつかなかった。
まさか、そんな初歩的なところでつまずいているとは思わなかったからなー」
……くそっ! また初歩か。
初歩的なこと。基礎的なこと。
それができていない。
初歩的なことなのに。基礎的なことなのに。
皆、とっくにできる事なのに。
ダーリィ先生に悪気はない。それはわかっている。
――それでも。
まるで馬鹿にされているような、なんとも言えない不快感に、俺は拳を強く握った。
「だがまあ、原因がわかれば対策もわかる――」
ダーリィ先生は、手にしていた猫じゃらしをピンと立てて語り出す。
しかし、その言葉を遮るように、横からレタリーさんが重ねてきた。
「――多分あなた、魔法の才能がないんですよ!」
――彼女の言葉に、思わず息が止まった。
……そんなこと、自分が一番分かっている。
なんてったって、ギルドランキング元1位のマザーに魔法を教わったというのに、その結果がこれなんだから。
――あれ?
俺は今までの十数年間、何をしていたんだっけ……?
「全く。そんなんで生徒会に入ろうなんて考えているのであれば、ちゃんちゃらおかしいのです!」
……レタリーさんが何か言っている。
「でもあなたは、仮にも私に勝ったのですから、そんなことでは困るのです!」
……何か言っている。
「私は教えてあげられませんが、生徒会の皆はとっても優秀なんです!
あなたに魔力を練るコツを教えるくらい、ちょちょいのちょいです!」
「おーい、その前に一応、ここに教師がいるんだが……」
……。
「だから、特別に……書記係を譲ってあげてもいい――」
気付けば俺は、その場から走り去っていた。
今までの俺の魔法。
その全てが否定されるような気がして。
俺の魔法は、皆からすれば、基礎がなっていない――不完全なものだったんだ。
***
「おい、レタリー・ペティ。
今のは流石に言い過ぎ――」
「レタリー! 今のは流石に言い過ぎだぞ!」
ダーリィの言葉は再び、後方からの凛とした声に遮られてしまった。
その声に振り返ったレタリーは、驚きの声をあげる。
「あ! アルテア……」
レタリーの言う通り、その声の主は生徒会長のアルテアであった。
アルテアは腕を組みながらも颯爽とした足取りでレタリーの元に歩み寄る。
「レタリー。君は少々、言葉を選ばない節がある。
『魔法の才能がない』などと、面と向かって言われたマルヌスの気持ちを考えてごらん?」
「あ……」
――レタリー自身にも覚えがあった。
それは、魔法が使えなかった彼女の幼少期――。
周りから心ない、辛辣な言葉をぶつけられ、頬を濡らした日々。
次第に、自分と周りの人々との間に線を引き、距離を取るようになった。
そうして引きこもりがちになった彼女だったが、自分に適した杖の存在を知り、魔法が使えるようになっていく中で、徐々に外界との繋がりを作っていった。
それでも、一人で過ごす時間が長かった彼女は、どうも人付き合いが得意になれなかった。
自分の自信のなさを補うかのように、ついつい他人に対して強い口調になりがちだった。
そんな彼女が初めて出会った、『魔力を練ることができない』という自分と似た特性を持つ男――それがマルヌスであった。
だからこそ、レタリーはマルヌスの事を気にかけていた。
今日の居残り補修を見ていたのも、その為だ。
――レタリーは思った。
自分が先程マルヌスに投げかけた言葉は、かつて自分が言われて苦しんだものと全く同じではないか、と。
「わかっている。
君が言いたかったのは、そんな事じゃないのだろう?」
アルテアは優しく語りかける。
その言葉に、レタリーはゆっくりと頷いた。
「……私は、生徒会に入って、みんなに魔法を教わればいいんじゃないかって。
アルテアも、マルヌスに生徒会に入ってもらいたいって、言ってたから……ッ!」
そう言いたかったのだが、なんと切り出せば良いのかがわからなかった。
だからこそ、咄嗟に強い言葉が出てしまったのだ。
「わかっているよ。
――だが、書記係を譲るというのは、いただけないな。
私はこれからも、レタリーに書記を続けてもらいたい。
前からそう言っていただろう?」
「……あ、アルテアぁぁぁ!」
レタリーは涙をこぼしながら、アルテアの胸に飛び込んだ。
「明日、マルヌスに謝ろう?」
「……う゛ん……!」
そんな光景を横目に、ダーリィは再び猫と戯れ始めた。
(俺がとやかく言わなくても収まった、か。
なんつーか、青春だねぇ。……しかし)
はぁーとため息をつく。
(マルヌの方はだりぃことになったな。
あいつ大丈夫か? 何を焦ってんだか)
「ま、悩むのもまた青春、かねぇ。
どう思う? ねこ先生?」
ダーリィの言葉に、「にゃー」と低い声をあげたぽちゃ猫。
そんな返事に、ダーリィはククッと小さく笑った。




