第91話 焦燥(1)
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「あ! おはようレビィちゃん!」
「おはよー!」
「聞いたよ! すごいね!」
朝から賑やかだなぁ。
教室に入るなり、クラスメート達に囲まれたレビィ。
その様子を、俺はぼんやりと遠い目で見つめていた。
「……あ、ありがと」
友人達の言葉を受け、レビィは顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んでいる。
少し離れたところから事の成り行きを見ていたが、一向に要領を得れずに堪り兼ねた俺は、隣にいたシエルに、あの人だかりは何なのかと訊ねた。
「知らないの?
レビィね、一昨日、街中に出たワイバーンの討伐に一役買ったんだって!
街中がその話題で持ちきりだよ?」
……ああ、なるほど。
でも、確か昨日、十位会談を終えてギルドに向かう最中は、まだ正体不明の美少女止まりだった気がするけど。
このロータスの街は決して小さな街ではない。
むしろ大きな街だ。
それでも、たった一日で広まるものなのか。
「――ワイバーンだったんでしょ?」
「怖くなかったの?」
「うん。あの時は何も考えてなかった。
……マルヌスもいたし」
「え! マルヌス君もいたの!?」
レビィがポツリと漏らした一言で、急にみんなの視線が俺に集まった。
「……あー、うん。すごかったよ。
俺なんて、ビビって何もできなかった。
って言うか、一役買ったどころか、実質トドメを刺したのレビィだったし――」
俺は笑いながら、ありのままを伝えた。
本当に、レビィはすごかった。
まじで。
あの時はレビィが来てくれなかったらやばかった。
俺はみんなに、ワイバーンの恐ろしさ、レビィの勇敢さを語った。
「ワイバーンこわー!」
「ポポロミート杯準優勝者が言うんだから、間違いねーな!」
俺の言葉に、みんなは思い思いに口を開く。
「――じゃあさ。
レビィちゃんがポポロミート杯に出てれば、もっとすごかったんじゃない?」
やがて、一人の女子がそう漏らす。
それに対して、俺は……。
それに対して俺は、先程から浮かべている笑顔を絶やすことなく、その女子に向かって答えた。
「……そうかもね!」
――うまく、笑えていただろうか?
「……何もできなかったなんて。そんなことない。
……私の事、守ってくれたじゃん」
レビィがポツリと何か言った気がする。
しかしその声は、盛り上がるみんなの声にかき消され、俺の耳に届くことはなかった。
***
「また、落ち着かない昼食、か」
昼休み。
いつものように食堂で昼食をとっている俺たちは、周りから好奇の眼差しを受けまくっていた。
先週までも、ポポロミート杯準優勝者である俺のせいで、似たような状況が続いていたが。
今日の『それ』は、今までのとは違う。
なんというか……全ての視線が好意的な眼差しだ。
「しょうがないよ。レビィ、一躍有名人だもん!」
シエルは気にしていないようで、さらりとそれだけ言うと、スプーンを口に運んだ。
逞しい事で、何よりだ。
そんなシエルの姿に笑みを溢しながら、俺は彼女の目の前にある皿に目線を落とした。
「また大盛りカレー?」
「ん? これはね、新メニュー!
『はやしらいす』って言うらしいよ?
なんでも、遠い国から仕入れてきた、割と新しいレシピなんだって!
お父さんが言ってたの思い出して、頼んでみたんだー!」
「へぇ」
流石は人気の食堂の家の子。
そういう情報には詳しいんだなぁ。
俺はシエルに感心しつつ、お次はレビィが啜っているうどんの器に目を向けた。
「レビィのそれは――カレー?」
「……うん。カレーうどん。
いかに汁を飛ばさずに食べれるかが、午後のテンションを左右する」
「なるほど! 危険な戦いだね……ッ!」
真剣な面持ちで、ゴクリと唾――じゃなく『はやしらいす』を飲み込むシエル。
そんな重い話?
確かに、制服に飛ばしたらやばいけど。
――そんな事よりも気になる話を、俺から投入してあげよう。
「……『はやしうどん』ってあるのか?」
「はやしうどん!?」
途端に、シエルが厳しい顔つきになる。
「マルヌス……そのアイデア、言い値で買うよ。
だから、あたしん家の向かいの『麺どころ・カミナ』には言わないで!」
知らん知らん、その店。
大体、シエルの家も知らん。
そんでもって、いらんいらん、金は。
……なんだか、今日は委員長がいないからか、馬鹿話がどこまでも続いていくような気がする。
しかし今日は、思いがけない人物がこの流れを断ち切ることとなる。
「……実はね。昨日、家に――剣聖サーロンが来たの」
不意に。俯きがちにレビィが話し始めたのである。
***
レビィ曰く。
一昨日のワイバーン討伐を受け、サーロンから直々に、ギルド登録のお誘いがあったらしい。
――ギルド登録者というのは、ただ単にギルドでクエストを受注する権利を得るだけではない。
ランキング上位者は、世の人々に認知されることで、治安維持の象徴となるのである。
例えばこの街で言えば、ギルドランキング1位の剣聖サーロンが守る街、といった具合に。
それだけ、強い者の存在というのは、人々の心の支えになるのである。
だからこそ、一昨日の一件を解決に導いたレビィに、勧誘が来たというわけだ。
そして、こうした理由から、ギルドランキングというのは、単純な実力や実績はもちろんのこと、世間からの評判も加味されて決められるらしい。
まあ、早い話が、どれだけ人気があるか、ということ。
その点レビィは、街の一大事を解決した、時の人。
ヒーローである。
おまけに美少女ときたもんだ。
人気なんて、出るに決まっている。
現に今、街ではレビィの話題で持ちきりらしいし。
きっとギルドランキングも、いきなりかなり高いランク付けになるのが容易に想像できる。
「――それで、なんて答えたの?」
はやしうどんの話の時よりも神妙な面持ちで、シエルはレビィに訊ねた。




