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第88話 静かなギルド(1)

***



 円卓の間を後にした俺は、あてもなくぷらぷらと外を歩いていた。

 理由はない。

 ただ、部屋に一人でこもっていると、なんだかひたすらに気が滅入ってしまう気がして。


 賑やかな休日の喧騒に包まれれば、少しは前向きになれるかもしれない。

 しかし、そんな俺の希望はすぐに打ち砕かれることとなる。



 街はいつも通り賑やかだった。

 しかし、その話題のほとんどは、昨日現れたワイバーンについてだった。



 当然だ。

 突如、安全なはずの街のど真ん中に魔物が現れたのだから。

 しかも、よりにもよって大型の幻獣種。

 本来ならば、恐怖した人々によって、街は閑散としていても不思議ではない。

 怪我人を(あわ)れみ、死者を(いた)み、どんよりと暗い雰囲気が漂っていてもおかしくなかった。


 しかし、昨日は怪我人こそ出たものの、死者がゼロと言う奇跡。

 おかげで、先ほどから耳に入ってくる街の人々の会話は基本的に明るいものだった。

 皆、昨日のワイバーン騒動に驚きはしていたものの、それを鮮やかに蹴散らした()()()()()の方が気になっているようだ。



 俺はその正体を知っている。

 レビィ・エクレール――俺の友達だ。


 彼女の強さは予想外だった。

 しかし、その強さは間違いなく()()だった。

 

 対して、俺はどうだ?

 ワイバーンに対して何もできなかった。

 そんな自分自身に腹が立つ。

 クロチェティに言われた言葉に悔しさが込み上げてくる。


 それでも、何もできなかった事実を受け入れるしかない。



 ――俺はポポロミート杯で、レビィやシエルを守った気になっていた。

 しかし実際は、俺なんて必要なかったんじゃないだろうか……?



 ふと横を見れば、そこにはロータスのギルドがあった。

 城下町の端にあったはずだが――俺はいつの間にか、こんなところまで来ていたのか。



 そういえば、サーロンが言っていた。

 今日からクエスト受注を再開する、と。

 ……中はどんな様子だろうか?

 俺は何かに吸い込まれるように、ふらふらっとギルドに入った。



***



 ギルドの中は驚くほど閑散としていた。


 ぐったりと机に突っ伏している受付嬢。

 澄まし顔でグラスを拭いているバーテンダー。

 そして、片手で数えられる程度の人達が点々と樽のテーブルについており、静かに酒を飲んでいる。


 俺はちらりとクエストが張り出される掲示板に目を向けた。

 ――張り紙はほとんどなかった。


 おそらく、クエスト受注が解禁されるのを今か今かと待ち望んでいたハンター達が、解禁と同時に一斉に受注したのだろう。


 きっとその時のギルド内の様子は――凄まじいものだったに違いない。

 まず、クエストの取り合いが起こったことだろう。

 さらに、我先にと受注カウンターになだれ込むハンター達を想像すれば、それが過ぎ去った今、ぐったりと机に伏せている受付嬢の様子も頷けた。


 ここに来るのがもう少し早かったら、俺もその騒動に巻き込まれかねなかった。

 ……危なかったな。



 想像しただけで疲れた。

 ふう、とため息をつく。

 すると、そんな俺に歩み寄ってくる一人の男の姿があった。


 

「ここにいればいつか会えるだろうと思っていたんだ。

 ……まさかこんなに早く会えるとは思ってなかったけどね」



 そう声をかけてくるこの男の姿には見覚えがあった。


 小綺麗なキャスケット帽を被り、薄茶色のサングラスをかけている。

 顔のほとんどが隠れている。

 むしろ、意図的に隠しているような。

 それでも目の前まで寄って来られれば、流石にわかる。


 なにより、彼に会ったのは()()なのだ。

 おかげですぐにわかった。


 彼は――昨日レビィと共に見た舞台の主役、マルヌを演じていたイケメン俳優だ。



***



 俺達はバーカウンターに横並びに座った。


「――をお願いします」


 イケメン俳優はバーテンダーに向かってさらりと何かを注文した。


 ……なんて言ったんだ?

 俺は少しの不安を抱えながらも、それを悟られないように平然とした表情で口を開く。

 

「俺も……同じやつで」


 決して、初めて頼んでみた――ましてや、酒を飲むことすら初めて、なんてことは悟られないように。


 大丈夫。酒は十五歳から頼めるんだ。

 もう十七の俺にとっては、ジュースみたいなもんだろう?

 


 イケメン俳優――彼は『ハンク・スタニング』と名乗った。


「すみません。俺、詳しくなくって」

「ははは、気にしないで。そんなに売れているわけじゃないから」


 彼はそう言って笑ったが、昨日の彼の人気ぶりは正直言って異常だった。

 おそらく、俺に気を遣いつつ、謙遜しているだけだろう。

 変装をしているという彼の行動自体がそれを物語っている。



「お待たせしました」


 バーテンダーのお兄さんが俺とハンクさんの前にグラスを置く。


 ああ、これ。昔、ブルーノがよく飲んでいたやつだ。

 ウイスキーってやつ。


 俺は恐る恐るグラスに口を当てると、舌先で触れる程度で味わってみる。


「ん!?」


 ――まじいいいいッ!!

 なんだこれ!? 飲めるやつ!? 人間が飲んでいいやつ!?


 一瞬で胃がムカムカしてきた。なんだこれ!?


 あまりの衝撃に目を白黒させている俺の様子に何かを察したのか、ハンクさんは「ははは」と苦笑いを浮かべていた。

 そして彼も一口だけグラスに口をつけてから、ゆっくりと語り始めた。



 どうやら、あの舞台は中止になるらしい。


 劇場がワイバーンに潰されてしまったのだから、それも仕方ないかと思った。

 しかしそれがなくとも、城の警備兵が駆けつけてきた時点で、あの舞台は中止になる運命だったようだ。


 きっかけはサーロン役の男。

 彼はあの時、不自然に錯乱していた。


 駆けつけた警備兵がそれを不審に思い、そこから、彼が違法薬物の使用者だったことが明るみになったらしい。

 同時に、サクリー役の男も同様の罪で御用となった。


 主要役者の穴を埋めることができない。

 加えて、潰された劇場に巻き込まれる形で、スタッフの中に怪我人が出ている。

 それらが、舞台が中止になった直接的な原因とのことだった。



 華やかな舞台――その裏に広がる闇の一端を見た気がした俺は、何も言えずに、ただ黙ってその話を聞いていた。


 そんな俺の様子に気づいてか、ハンクさんはハッとした表情を浮かべた。



「ごめんよ! 本当はこんな話を聞かせるために君を探していたわけじゃないんだ!

 ただ僕は、君に感謝がしたかったんだよ。

 ありがとう――()()()君」

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