第71話 レビィと行く(3)
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「……楽しかった……ね?」
「……そりゃあ、よかったね」
舞台が終わり、すっかり疲れ切ってしまった俺は、力なくそう呟く。
そんな俺を怪訝な表情で見つめるレビィ。
まさか今日の舞台が、12年前の魔王討伐部隊を題材にしたものだったとは。
当時から本人たちを知っている身から言わせてもらえば、今日の役者さんたちはあまりにも整いすぎていた。
中でも酷かったのが、剣聖・サーロン。
演じていた俳優さんは、程よく鍛えられた筋肉で華麗な剣舞を披露する男前だったが、少なくとも俺の知るサーロンは、あんな華麗な身のこなしができるような奴じゃない。
「バーーッ! ハアーーーーッ!」
とか言って、鼻の穴を広げながら、マッスル全開で剣を振り下ろす奴だぞ。
……ぷっ。いかん。思い出したら笑いが。
いや。違うか。一番酷かったのは他でもない――俺だ。
「私の名は『マルヌ・スターヴィン』。魔弾の射手であるッ!」
声高らかにそう唱えた俺役の俳優さん。
おそらく彼が、今日の演者さんの中で一番人気な俳優さんなのだろう。
すらりと細身な長身で、ブロンドのミディアムヘアをサラリと靡かせていた彼の顔はめっぽう整っていた。
スッと通った鼻筋に、スカイブルーの瞳。
長い手足を巧みに操る彼の体運びは、そのどれもが繊細で。
彼の一挙手一投足で、周りが思わず息を呑んだほどだ。
かく言う俺も、御多分に洩れず、だ。
そんな超絶イケメンのマルヌ・スターヴィン。
対して本物のマルヌ・スターヴィンである俺は、隣に立つレビィと目の高さもたいして変わらないほどの小さな男。
あの役者さん、とてもじゃないが、本人である俺とは似ても似つかない。
というか、俺はあんな高尚なセリフ、生まれてこの方口にしたことないぞ。
周りの大人達の俺に対する態度も全然違ったし。
サーロンは酒を飲むたび、「ガハハ」と笑いながら上機嫌で俺の頭をバシバシ叩いてたし。
小太り魔術師の現2位――クロチェティのじじいは、何かにつけて俺を叱ってきたし。唾がかかりまくってたし。
脳筋大斧使いの現4位――アレックスはよく俺の分の肉まで食っちまうし。
そんなことを思い出しながら、会場の外に向かう人々の流れに身を任せて歩いていると、なにやら出口付近に人だかりができていた。
不思議に思って目を凝らすと、なんと件の『魔弾の射手様』がいるではないか。
もちろん、俺ではない。マルヌ・スターヴィン役を演じていた、あのイケメンだ。
どうやらファンサービスというやつらしい。
出口に向かう人々の列の脇に立ち、来場者に向かってにこやかに挨拶をしている。
列が進んでいく中での一瞬しか彼とは触れ合えないわけだが、絶えず黄色い歓声が飛び交っている。
そこで気づいた。この舞台、客の大半が女性だ。
きっと彼目当ての客がほとんどなのだろう。
ということは、この舞台のチケットを譲ってくれたアニマは、もしかして……。
あれ? 同様に、この舞台に来たがっていたシエルは……まさか?
次第に流れていく列。
そうしてついに俺達は、イケメンマルヌのすぐ近くまでやってきた。
「――おぉ」
レビィを見るなり、明らかに目を見開き、小さく声を漏らすイケメンマルヌ。
「これはこれは美しいお嬢さん。本日はご来場いただきましてありがとうございます」
そう言って、優雅に頭を下げた。
この野郎……その動作だけで絵になるじゃねぇか……ッ!
しかし彼は次の瞬間、周りに聞こえないような小さな声でボソリと呟いた。
「……もしよろしければ、この後お食事でもいかがでしょうか?」
そう言って片目でウインクをかます。
そんな彼の予想外な一言に、レビィは思わずたじろいだ。
「……あっ。あの……ッ!」
「――ゔゔんッ!」
俺はわざとらしく咳払いをし、イケメンマルヌの顔をそれとなく見やる。
「すみませーん。後ろ、つっかえてるんですけど」
不機嫌さを隠すこともなく眉を顰める俺。
一方で、そんな俺の様子などには臆することもなく、彼は爽やかな笑みを浮かべた。
「ハハッ! これは失礼!
素敵な騎士がいらっしゃったんですね」
そう言って彼は俺の後ろの客に視線を向けるなり、相変わらずの声色でファンサービスを継続していった。
くそう。どこまでも余裕があって――いいな……。
「……びっくりした」
出口を抜け、人の波から外れた後になってから、ほっと息を吐きつつそう漏らすレビィ。
息を止めていたのだろうか? 少し呼吸が乱れている。そして顔が赤い。
――まさか!
「ごめん。邪魔しちゃった?」
あのイケメンマルヌに誘われているレビィを無理やり引き離したのは俺だ。
普通に考えれば、レビィにとっては余計なお世話だったのではないか?
そんな疑念に苛まれ、眉尻を下げる俺に対して、レビィはゆっくりと口を開いた。
「……ううん。助かったよ。ありがと」
恥ずかしそうに笑うレビィ。
――でも。
「本当に?」
「うん。私、ああいう気取った人、苦手」
そう言って、レビィは今日の舞台のハイライトを語ってくれた。
どうやら彼女は、魔弾の射手にトドメを刺された魔王役の人に一番感銘を受けたらしい。
白目を剥いて大絶叫していた彼は、確かに役者としてはこれ以上ないほどに迫真の演技をしていたと思う。
「私、ああいう面白い顔が好きなの」
「……そうですか」
あれを面白い顔というのは、いかがなものだろうか。




