第70話 レビィと行く(2)
ええい。鎮まれ俺の心臓よ。
――しかし、完全に鎮まってしまうと死んでしまうからな。静まるとしても適度に鎮まれよ?
「……ごめん。待った?」
一人で自分の心臓相手に押し問答を繰り広げていると、いつものレビィのゆったりした声が聞こえてきた。
見れば、普段の学生服とローブという組み合わせではなく、黒やグレーを基調としたゴシック調のワンピースに身を包んだレビィの姿がそこにあった。
彼女の端正な顔立ちと相まって、まるで本当に人形が動いているかのように見える。
ゴシック調と言いても、それ自体は決して主張の強いものではなく、別段浮いているとも思えない服装なのだが、如何せんそれを身につけている人のスペックが高すぎる。
そんな彼女に見惚れてしまい、一瞬冷静な意識を手放してしまったが、すぐにふるふると頭を振るい、我に帰る。
しかし、それは普段からレビィと交流のある者だからできたことでもあると思う。
……心なしか、周りの人々からの視線も集めてしまっているような気がするぞ。
返事が返ってこない事でやや不安そうに俺の顔色を伺うレビィ。
そうだった。さっきの問いに答えなければ。
「いや、今来たところ」
嘘だ。本当は三十分前には到着していた。
俺は平静を装いながらも、短くそう返した。
「……マルヌス。なんか普段より、キッチリしてる……ね?」
小首を傾げながらそう訊ねてくるレビィ。
彼女の言う通り、俺の服装はシャツにジャケット、それにきちんと折り目のついたスラックスという簡易的な正装だ。
しかし……そう改って言われると、なんだか恥ずかしい。
「いや、舞台なんか見に行ったことないけどさ。
そういう芸術に触れる場所って、こういう服装で行くもんなんじゃないの?」
「……私が知ってると思う?」
なるほど。どうやらレビィもこういった大人っぽい休日の過ごし方は初めてのようだ。
――いや、これを大人っぽいと思っているのは俺だけなのか?
少しだけ考え込んでいる俺の顔を覗き込むなり、レビィは微笑しながら口を開く。
「大丈夫。似合ってる。……格好いいよ?」
うわあ! 不意打ちすぎる!
顔が熱くなる。
そればかりか、思わず後退りしそうになる。
それは必死に堪えたが、そんな俺の様子を見るなり彼女はくすくすと笑い始めた。
……くそう。どうやら、からかわれただけのようだ。
まんまと嵌ってしまった。
――が、次の瞬間、しまった! と思った。
本来ならば、俺が先に言うべきことなのに――。
「レビィも……とっても似合ってる。かわいいよ」
「そのセリフ、似合わないね。
……でも。ありがと」
レビィはいつもの調子でそう言うと、くるっと身を翻した。
別に俺のは、からかったわけじゃなく本心だけど。
まあ、これ以上深く言うのも、それはそれで恥ずかしいし。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、レビィはなんともない様子で再び口を開いた。
「……じゃあ、行こ?」
***
「そういえば、今日観に行くのって、なんの舞台なんだ?」
二人で肩を並べて歩いているうちに、心臓の鼓動も落ち着いてきた俺は、今更ながら浮かんだ疑問を口にした。
無くすといけないからと、チケットはレビィに預けっぱなしで、ろくに内容も確認できなかったことを当日になってから後悔した。
別にこれといった問題はないのだが、せめて演目と所要時間くらいはあらかじめ知っておくべきだったと思う。
「……有名なやつ。『対魔十英雄譚』」
……鯛は十でええゆうたやん?
「鯛を買いすぎた人の話?」
十でも充分多いと思う。
「……何言ってるの? マルヌスも知ってるでしょ?
12年前の……十人の英雄の話」
心当たりがない俺は、首を傾げた。
――いや、嘘だ。
『12年前』。『十人』。
これだけのキーワードで十分すぎるほどに、心当たりなら……ある。
「――まさか」
まさか、な。
***
「――サーロン殿! ここは私にお任せください!」
「いえ、しかしッ!」
「大丈夫です。私の魔法は百発百中なのです! 見ていなさい!
――はぁッ!!」
――ズバァァァンッ!
「ぐああ! やられたあ!」
「流石でございます! 魔弾の射手様ぁぁぁッ!」
「顔をあげなされ、サーロン殿! 私にかかればこれくらい、造作もないことなのです!」
――ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!
やめてくれぇぇぇぇぇえぇ……!!
……。




