第7話 マルヌが征く(3)
「そう言うと思って、すでに皆を集めているんだ!」
サーロンはそう言って、意気揚々と俺たちを案内する。
「準備はできてるとは言ったが、まさか皆を待たせているとはな……」
ブルーノは知らなかったようで、呆れたように頭を抱えていた。
そうこうしている内に、円卓の間についた。ここで十位会談が行われるようだ。
先頭のサーロンが、ガチャリと大袈裟な音とともに大きな扉を押し開く。
「――おうおう。随分待たせてくれたなあ」
「さすが魔弾の射手。立派な御身分ですこと」
入るや否や、わかりやすい嫌味と共に、現ギルドランキング上位陣が俺らを迎えてくれた。
ちなみに今声を上げた二人は、俺が見たことのない新参者だ。
というか――『魔弾の射手』?
リブの顔を見やると、俺の意図を汲んでか、リブはやや面倒臭そうに口を開く。
「魔弾の射手。
身元不詳の速射の名手の伝説が一人歩きした結果付いた、二つ名のようなもの。
……貴方のことよ」
「なんだそりゃ!
勝手にそんなの付けるなよ! 恥ずかしい!」
「私に言わないで!」
俺とリブの様子に、最初に嫌味を言ってきた男が「ふぅー」とわざとらしく大きめな溜息をつく。
「ガキのお守りで来たんじゃねーぞ。こちとらよぉ」
そんな嫌な空気を切り替えるように、サーロンがパンと大きく手を叩いた。
「まあまあ。とにかく皆集まったのだ。始めるぞ!」
っていうか、待たされた文句ならサーロンに言ってくれよ。俺のせいじゃないからさ。
***
「――以上が、マザー、クワード、サクリーの三名が退任となった理由だ」
サーロンの説明を聞き、不思議と納得している自分がいる。
なんとなくそんな予感はしていたんだ。
――死亡。
ギルドに所属し、魔物ハンターを生業にするものにとってそれは決して珍しい事ではない。
しかし、彼女らの場合、クエストに向かった先での事ではなく、自室で襲われたとの事だった。
魔物に負けるなど、彼女らの実力的にはあまり考え難い事であるが、自室にいる時の不意打ちとなると話は別である。
加えて、昨日の一件が俺の中に僅かな疑惑の種を植え付けていた。
「昨日、マルヌが襲われたとリブちゃんから報告を受けている。
敵はスライムで、俺の部下に成り代わってリブちゃんに同行し、マルヌのタグを確認してから襲ってきたそうだ」
スライムと聞いて、場が一瞬ざわついた。
そう。スライムはかなり上級の魔物なのだ。
一般的に魔物は、普通の動物と同じような姿形で生態系に馴染んでいるものがほとんどであり、時たま人々に危害を加えるため駆除されている。
しかし、スライムはそれらとは一線を画す。
本来であれば生態系に存在し得ないもの。
それらは『幻獣種』と呼ばれる。
程度にばらつきはあるが、高い知能をもつ者もいる。
それはある者の命令を理解するため、と言われている。
「昨日の件の計画性を見るに、スライムは何者かの命令を受けて行動していた可能性が高い!
目的は……」
「12年前の魔王討伐部隊の殺害、か」
ボソッと呟いたつもりだったが、思いのほか静かな室内に響いてしまった。
「……そうだ。最初はギルドランキング上位陣を狙ったものかと思ったが、現9位のリブちゃんが襲われなかった事を鑑みて、俺もそう予想している」
「……ハッ!」
しばしの沈黙の後、その張り詰めた空気を壊すように一人の男が短く笑う。先程の嫌味男だ。
「それじゃあ何かい?
敵の狙いは昔の英雄様達だけで、新参者は眼中に無いってかい?
舐められたもんだね!」
嫌味男の言葉に、ククッと口に手を当てて笑う女が一人。こっちは、先程の嫌味女だ。
嫌味男はさらに続ける。
「大体、言っちゃ悪いが、英雄様達も如何なもんですかね?
もう若くも無いし、老体に鞭打って戦うのもしんどいでしょう?
俺らニューウェーブがあんたらに劣っているのかも怪しいもんですしね」
「ッ!?」
嫌味男の言葉を受け、リブが声にならない声を上げた。
父を侮辱されたと思ったのだろう。
……リブの反応も仕方ない。
かくいう俺も良い心地はしない。
俺は嫌味男を睨むように見据えながら、ゆっくりと口を開いた。
「あのさ、喧嘩売るなら言葉じゃなくて実力で示せよ。
あんた、何位なの?」
「はあ? 俺は6位のラウダだ!
テメェこそ10位のくせに出しゃばるんじゃねぇよ!」
「そうか。じゃあ黙るから、あんたも黙れよ。
あ。一個だけ言わせて。
俺も若いけど、あんたの言うニューウェーブ? には含めないでくれよ。
いくらなんでもダサすぎるって」
別に挑発したわけじゃ無い――と言えば嘘になるかもしれないが、俺はただ本音を言っただけだ。
しかし、そんな俺の軽口は、ラウダを刺激するには十分だったらしい。
「心配しなくてもテメェはニューウェーブに含めてねえよ、古株組がっ!
大体、テメェみたいなガキが魔弾の射手だなんて、訳わかんねーんだ、よッ!」
顔を真っ赤にしてそう言い放つラウダは、俺に向かってナイフを投げつけてきた。
――この軌道、腕を狙っている。
……一応、彼なりに気を遣った、ということなのだろうか。
それでも、もし当たり方が悪ければ――。
腕が一生使い物にならなくなるとかになったら、どう責任取るつもりだよ。
あるいは仮に俺が予期せぬ動きをした場合、頭や胴に当たろうものならば、最悪死ぬ可能性だってある。
……ふーん。
そっちがその気なら、俺もちょっとやり返させてもらおうか。




