第67話 魔法のいろは(2)
依然、釈然としない表情を浮かべる委員長。シエル。そして――俺も。
数日前にリブと森の調査に行ったときにも言った気がするが、なんたって俺の魔法は12年前にマザーから基礎を教わったっきりで、そのほとんどが独学だ。
最初に使えるようになったのは、小さな火の玉を作り出す魔法。
マザーが使っていた大火球の魔法を見て練習したんだ。
しかし、もちろん俺には、そんな大きな魔法が形成できるわけもなく。
仕方なしに違う属性の初級魔法を色々試していた。
水属性から派生して氷属性の魔法が形成できたときは、えらく感動したものだ。
でも、俺はマザーから習った基礎の工程をきちんと踏んでいるはずなんだけどなあ。
最初に魔力の出力。次に属性付与。最後に形成。
この流れは間違っていないと思うんだが……なにぶんかなり前の記憶。ついでに言えば、俺は当時五歳。
はっきりしない部分もあるというのが正直なところである。
さっきの、ブルーノがウイスキーを嗜む光景も、ちょうど今しがた思い出したのだ。
まあ、あんな日常の一コマなど、例え12年前でなくともそうそう思い出すものではない、か。
「――やっぱり……あなたもそうだったんですね」
不意に後方から声をかけられた。
驚きながらもその先に視線を向けると、そこには昨日のポポロミート杯で対戦した生徒会書記係――レタリーさんの姿があった。
小柄で愛らしい見た目の彼女は、やはり先輩には見えない。
ましてや、別名が『速記サイボーグ』というのも信じがたい――なんて、彼女と対戦する前だったら思っただろうな。
昨日、彼女と対峙し、命からがら彼女の巨大岩を避けた身として言わせて貰えば、戦闘中の彼女は紛れもなく血も涙もないサイボーグだ。
まあ、サイボーグってよくわからないけど。
聞いたところによると、からくりを体内に埋め込んだびっくり人間のことをそう呼ぶらしい。
もちろん、彼女は本当の意味では、サイボーグではない。
しかし一方で、戦闘中の彼女の顔や声色は無機質で人間味がなく、感情が読み取り辛かった。
そういった要素を『まるでからくりのようだ』という意味を込めて、サイボーグと呼んでいるのだろう。
しかし、そんな彼女が、一体俺達に何の用だろうか?
「レタリー先輩……なぜここに?」
俺の疑問を代弁するようにそう呟いたのは委員長だ。
だが――。
なんだこの声色は。普段より高い声。そして普段より数段優しい声。
所謂、よそ行きの声といったところなのだろうか。
そう言えば、昨日彼女はレタリーさんの苦労話を、さながら偉人の伝記の如く、したり顔で俺に語っていた。
もしかして、尊敬のあまり緊張してるのか?
そんな委員長の様子など気にも留めていない様子のレタリーさんは、ゆっくりと俺のそばまで歩み寄ってくると、意味深に目を瞑りながら口を開いた。
「昨日の試合で思ったんです。
『この人はなぜ私と同じように、複数属性の魔法を同時に扱えるのだろう?』と。
しかし今のを見て、それがわかりました」
そこまで言うと、なんだか勝ち誇ったようにうっすらと笑いながら、勢いよく目を見開いた。
「――ずばり! あなた、私と同じで、体内で魔力を練れないんじゃないですか!?」
「――!?」
委員長とシエルが驚きの表情で俺の顔を見てくるが、一方で俺は、レタリーさんの言うことの意味を脳内で噛み砕いていた。
……正直、そんなこと試したことがない。
だって俺の常識の中で、魔法を使う上で『体内で魔力を練る』という工程が必要だという認識がなかったのだから。
「――あなたは体内で魔力を練って属性を付与することをせず、出力後、体外で属性を付与していた。
原理はわかりませんが、おそらく、空気中に微弱に存在する『既に属性が付与された魔力』を取り込んで、魔法を形成しているんじゃないでしょうか?」
ふふん、と自信満々に鼻を鳴らすレタリーさん。
そう言われましても……。
「そう……なのか?」
俺は自分の手に視線を落として呟く。正直、俺自身わからないのだ。
言われてみれば、俺はどうやって魔力に属性付与をしていたのだろうか?
12年前。まだ俺が魔法が使えなかったとき、マザーはなんと言っていただろうか――
「――魔力に服を作って着せてあげるイメージだよ」
「服?」
「そう。魔力も裸で外に出ていたら、寒くて風邪を引いちゃうだろう?」
「そうなの? 風邪ひいちゃったら、かわいそうだよ」
「だろう? だからね、服を作ってあげるんだよ。ほら、やってごらん?」
――マザーの優しい声を思い出す。確か、こんな会話だったっけ。
***
先程まで緊張していたとは思えないほどの熱量で、レタリーへ詰め寄る委員長。
「レタリー先輩! よくそのような非凡な発想が生まれますね! すごいです!」
委員長は興奮気味にそう言って、レタリーへの尊敬の念を真正面からぶつけた。
それに対して、レタリーはやや気圧されてしまい、うっかり要らぬことを口走ってしまう。
「伊達に創作家やってませんから……」
「創作家?」
「――あ! 今のは……聞かなかったことにしてください」
熟したリンゴのように顔を真っ赤に染めたレタリー。
彼女の執筆活動は、誰にも知られたくない秘密なのである。




