第60話 渾身の一撃(3)
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ふぅ。なんとかたどり着けたな。
俺は見知った光景を前に安堵すると同時に、ふと、男子生徒たちに囲まれた時のことを振り返る。
『こんな所で、こいつら相手に足踏みしているわけにはいない。
見据えるのは、この先だ。』
そんなことを考えていた俺だったが、どうやら先を見据え過ぎていたようだ。
帰り道がわからない。
そんな、早々に直面するであろう問題点に気づいたのは、襲いかかってきた奴らを全て薙ぎ倒した後になってからだった。
誰か一人だけでも残しておいて、帰り道を聞き出しておくんだったと後悔した。
だからこそ、途方に暮れていた俺を偶然見つけてくれた彼には本当に感謝している。
感謝している……んだが。
「あの、もう大丈夫です」
俺の手を引いてここまで案内してくれた人に、申し訳ない気持ちをこめてそう伝えた。
「そうだよね、ここまでくればもうわかるもんね?」
ここまで、って……。
もうコロシアムのステージに入場する直前のところだぞ?
あとは、光差す出口に向かって直進するだけなのだ。
「……ありがとうございました」
「うんうん。頑張るんだよ?
応援してるからね?
何か困ったことがあったらなんでも言うんだよ?」
「……はい」
なんだろう。これが、親心というやつなんだろうか?
って、なんでだよ!?
多分彼は三年生。俺とは一つしか変わらないんだぞ。
優しく微笑みながら、手を振って送り出してくれる彼に背を向け、俺は入場口に向かった。
「さあさあ皆さん! お待ちかね!
今度こそ、本当の入場です!
マルヌス・ターヴィン選手ーーーー!」
「うおぉぉーーー!」
「マルヌスーーー!」
「マルヌスくぅーーーん!」
「頑張れよーーー!」
おお! すごいな!
会場中のみんなが俺に声援を送ってくれている。
今までの戦いを思えば、今日一日で地獄から天国と言わんばかりの変わりようである。
単純に嬉しい。
嬉しいのだが。
――なんだろう、この違和感。
観客席からの俺に対する目が、声が……どことなく変だ。
思えば、さっきもこの感覚を味わったばかりだ。
俺の手を引いてくれた三年生。
彼からも感じた。
なんというか、すごく温かい。
「マルヌス君、頑張ったね。もう大丈夫。
みんな待っててくれたんだよ。
さあ、涙を拭いて!
君は一人じゃない! みんながついているよ?」
……マリーさん、何言ってるんだ?
怪訝な顔でマリーさんを見ると、彼女は笑いを堪えるように顔を赤くしている。
それでも堪えきれないとばかりに、手で口元を抑え、目元ではめちゃくちゃに笑っている。
――まさか!
俺はバッと振り返る。
すると、俺の入場口あたりで、一人の女子生徒がこちらを向いている。
彼女もまた、実行委員会の人だろう。
俺の視線に気づいた彼女は、バツが悪そうに、両手を顔の前に合わせ、「ごめん」というジェスチャーをした。
その瞬間、俺は全てを悟った。
彼女はきっと、ありのままを伝えたのだろう。
――元々山で一人暮らしが長い俺には、一人で知らない場所に置き去りにされた心細さなどはなかった。だが。
もし試合に間に合わなかったらと思った時の、シエルとレビィに対する申し訳なさ。
委員長に罵倒される俺の未来。
そして、勝ち誇ったディックのしたり顔。
色々な思いや、嫌な光景が頭をよぎり、涙で頬を濡らしたあの時の俺の、ありのままの姿。
それを、彼女はこの会場中のみんなに伝えたのだろう――。
……今こそ、俺は考えるべきなのかもしれない。
見据えるのはこの先だ、と。
俺は自らにそう言い聞かせ、ディックに向き直る。
ディックは眉間に皺を寄せ、不機嫌な様子を隠すことなく口を開いた。
「よく来れたものだな」
「……確かに恥ずかしいが……」
「違う! そういう事じゃない!
あいつらのところにはきちんと連れて行ったと、報告はもらっていたんだ」
「やっぱり、お前が裏で手を引いていたんだな」
彼の口振りから、俺の予想は当たっていたことを確信した。
あの時俺を取り囲んできた男子生徒たち。
彼らはディックと結託して、俺をこの試合に出させまいと妨害してきたのだ。
そして、俺をあそこに案内した彼もグルだったというわけだ。
それにしても、彼らはなぜ、ディックに協力したのだろうか?
シエルやレビィとそう言う関係になりたいなら、他ならぬディック自身も彼らのライバルということになりそうなものだが。
そんな俺の表情を読み取ったのか、ディックは前髪を掻き上げながら語る。
「不思議そうだな。俺がお前の疑問に答えてやる。
……カネだよ。あとは、お前への嫉妬心だろう」
「……ふっ!」
思わず吹き出してしまった。
なるほど。
奴らはとことんクズだったというわけだ。
蹴散らした甲斐があるというものである。
そしてディックは、そういった奴らの食いつきそうな心の隙をつき、見事に掌握したということか。
たしか、ディックはいいとこの貴族の子供だったな。
カネもまた、彼の実力の一つというわけなのだろう。
「とはいえ、あのクズどもも、仮にもこの学園の生徒たちだ。
あれだけの人数を処理してきたのだから、お前もただでは済まなかっただろう?」
いやらしい笑みを浮かべるディック。
しかし、悔しいことに、彼のいうことは正しい。
実際のところ、ガントとレタリーさんという強敵と戦ってきた俺は、どうやら俺自身が思っていたよりもずっと消耗していたらしい。
体力も。
そして、魔力も。
そんな中での、さっきの襲撃。
襲い掛かってきた奴らも、決して一筋縄ではいかない手練だった。
ディックの言うように、流石に腐ってもこの学園の生徒というところか。
つまり俺は、さながらポポロミート杯を十回戦以上連続で勝ち上がってきたようなものだ。
体力に関して言えば、レビィの秘技『えれくとりっく・さんだー・ぼると』を受けてきた俺だったが、やはりそれにも限度がある。
あの技は確かに、リフレッシュ効果には優れている。
自然治癒力を高めるというのも嘘ではないだろう。
しかし、それだけだ。回復魔法とは違う。
この短期間では、気休め程度のものと言わざるを得ない。
魔力に関しても、正直、使いすぎている感は否めない。
二回戦でディックに敗れた三年生――委員長から聞いた彼の様子は、それこそ魔力切れの時の症状に似ていた。
魔力を使いすぎて限界を超えた時、人は激しい倦怠感に襲われ、意識が朦朧とし、ひどい時には意識を失う。
俺自身も、決して魔力量が多い方ではない。
だから少しだけ――嫌な予感がしている。
そして、ここ最近でも何度か思い知らされたが、俺の嫌な予感は、よく当たる。
なんてことを考えている間に、ほら。
だんだんと視界がぼやけてきたぞ……。
今にして思うが、おそらく、さっき俺が泣きべそをかいてたのも、魔力量の著しい減少による精神バランスの乱れが原因だろう。
……決して、言い訳じゃない。
それにしても、奴らがクズだという点では、どうやら俺とディックは意見が一致しているようだ。
なんていうどうでもいい考えまで浮かぶ。
意識が朦朧としている時にこそ、なぜか物事を俯瞰的に考えられる。
これってあるあるだと思うんだが、どうだろうか?
「では、両人揃いましたので、早速始めて参りましょう!
試合……開始ッ!」
思えば俺は、この戦いに勝つために大会に参加したんだったな。
こうして、俺とディックの戦いの幕が切って落とされた。




