第6話 マルヌが征く(2)
リブの後に続いてロータス城内を歩く。
「お父様は玉座の間にいるわ」
ツカツカと足早に歩くリブはこちらを振り返ることもなくそう言った。
「玉座の間ってことは……王もいるってこと?」
「そうね」
……はぁ。俺はこの国の王が苦手だ。嫌いなわけではない。あくまで苦手なだけ。
厳しいとか、意地が悪いというわけではない。
優しすぎるのだ。
『ほれマルヌ。これも食べるかい?』
これが王の口癖だった。そう言ってお菓子や果物など、目についたものを次々に俺に食べさせるのだ。
俺はそこまで大食漢ではない。昔から。
でも、皺々の顔をさらにクチャッとさせて笑う彼の顔を見ると断れず。
俺におじいちゃんがいたらこんな感じなのだろうと思っていた。
そんな事を思い出している内に、玉座の間についた。
「失礼いたします。マルヌ・スターヴィンを連れて参りました」
リブの声が響き、部屋の中にいる人々の視線がこちらに集まる。
「おお、久しぶりだなマルヌ!」
最初に声をあげたのは茶色の短髪に筋骨隆々の大男。
「サーロン! 変わらないな!」
「お前は変わったな! 背なんてこんなもんだったのに!」
サーロンは人差し指と親指で10cm位を示しながら笑う。俺もククッと思わず笑みが溢れる。
そんな小さいわけないだろと野暮な事は言わないでおこう。
久々に見て改めて思うが、サーロンは『剣聖』という敬称が似合わないくらいガサツで大雑把な大男だ。
『華麗な剣技』がその名の由来らしいが、実のところそれもほとんどパワー全開系である。
まあそのパワー全開剣術で敵をバッタバッタと薙ぎ倒す様は確かに爽快だけど。
っていうかこのリブっていう女の子、本当にサーロンの娘か? 全然似てないぞ。
そんな俺の様子を察してか、サーロンはガハハッと笑う。
「……お前、本当にリブちゃんが俺の娘かって思っただろう? 我ながらそう思うよ。
髪の色も顔も母譲りだ。 俺に似なくてよかった!
どうだ? 可愛いだろう?」
「ああ、そうだな」
サーロンに似なくてよかった。素直にそう思うよ。
サーロンに同意する俺の言葉に、リブは少し頬を赤らめて「馬鹿なこと言わないで!」と声を荒げた。
……ちょっと誤解があったかもな。
まあ可愛いというのも……嘘ではない。
それはそうと玉座に座る男。こいつは誰だ?
俺のよく知る、おじいちゃんじゃないぞ。
「やあマルヌ。その様子だと、前王が退任したことも知らないのかな?」
玉座に座る男は、柔らかな笑みとともに俺に語りかける。
そうか。あのおじいちゃんは退任したのか。
そりゃあ12年も経てば、そんなこともあるだろう。少しの切なさを覚えながらも納得する俺に対して、現王はさらに続ける。
「大丈夫。前王はご存命だ。後で会いに行くといい。きっと喜ぶ。
それよりも、私を覚えていないか?」
金色の長髪に整った顔立ち。おそらく実年齢より若く見えているのだろう。
そして王を継いだという事は、前王の血縁か?
そんな知り合い――いたな。
「……ブルーノか?」
恐る恐るそう訪ねる俺の言葉に、パァと明るい表情になる現王。
「そうだよ! ブルーノだよ! よく覚えていてくれたね!」
「当然だろ!」
どうやら合っていたらしい。彼の笑顔に釣られて俺の表情も思わず明るくなる。
そうか、ブルーノか!
――ブルーノ・ロータス。
彼もまた12年前の魔王討伐部隊に参加しており、ギルドランキング3位だった男だ。
彼は前王の息子で、王子という身分でありながら、剣聖・サーロンと肩を並べる凄腕の剣士だった。
「私は王は継がない。魔王を討伐しても、ずっとハンターを続けるつもりだ」
ブルーノはよくそう言っていた。彼には弟がいて、その弟に王を継いでもらおうと思っていたようだ。
「……継いだんだな。王を」
「ああ。色々あってね。
私も若くない。日に日に落ちてゆく実力に、ハンターを続けるのも限度がある、と悟った瞬間、急に辛くなってしまって。
ギルドランキングも繰り上げてもらって、すっぱり引退したんだ」
私も若くない、か。
その言葉に反して、目の前のこの男は20代半ばくらいに見えるが。
それこそあの時と変わらない。髪が伸びたくらいか?
そうなると、ギルドランキングの上位10人は俺の知る当時から4人は変わっている事になるのか。
内一人は現9位のリブ。そうなると彼女も十位会談には参加するということだな。
「では早速だが、マルヌ。君が最後の到着だったので、すでに十位会談の準備は整っている。
すぐに開催して問題ないかな?」
「ああ。構わない」
マザー達の退任の理由を知るために来たんだ。早い方がいい。




