第4話 リブが征く(4)
「うそよ! だってマルヌ・スターヴィンは12年前の魔王討伐部隊にッ!
あなたいくつよ!?」
「17だよ!」
私より年下じゃない!
「……父親のタグを勝手に持ち出したのね!?」
「んなわけねーだろ!」
とても信じられない。
もし彼がマルヌ・スターヴィンだとしたら、若干5歳で魔王討伐部隊に参加していたことになる。
そんなことってあり得るの!?
後ろに立つ護衛のレフティも動揺を隠せていない様子だ。
一方で、もう一人の護衛のライトは不自然に落ち着いていた。
「――マルヌ・スターヴィンのタグ、確認。
こいつがマルヌ・スターヴィン」
ボソッと小さくそう呟くライト。
次の瞬間、ライトの腕がまるで水飴のようにドロリと溶けて、真っ直ぐ少年に向かって伸びていくのが見えた。
時間にして、わずか0コンマ数秒。
しかし、ライトの腕は少年に到達することはなかった。
少年の顔面に到達する直前で、何かに弾かれたのだ。
――その正体は『防御障壁』。
透明な薄い壁を展開する、防衛のための初歩魔法。
術者は当然この少年であろう。
だが問題は発動までの所要時間だ。
突然の不意打ち。
ライトが襲ってくることがあらかじめわかっていなければ、到底反応できないタイミングだったはず。
いや、それよりも――
「あなた、何を!?」
私はライトの方に振り返る。
後から思えば、ライトの攻撃が人間技ではないことは明らかだった。
それでもこの時は、その判断ができないほど私は冷静さを欠いていたらしい。
「危ない!」
レフティが私を庇うためにライトと私の間に割って入る。
ライトからしてみれば、少年を襲った事で、この場の全員がライトの敵に回る事は自明の理。
つまり、その矛先がまずは近場の私たちに向くこともまた当然の事だった。
ライトの腕は槍の先のように鋭く尖った形に変化していた。
その腕が今まさに私とレフティに向かって来ようとしていた。
――しかし、その腕もまた、私たちに届くことはなかった。
「あんたらはそっち側じゃないってことね」
少年の言葉とともに、ドサッと音を立てて崩れ落ちるライト。
見ると、額を何かに打ち抜かれている。
小指の爪程の小さな穴が空いており、シューと焦げたような音を立てている。
これもまたこの少年の所業であろうことはすぐにわかった。
数秒の後、ライトの全身は溶けて崩れ、青み掛かったゼリー状の個体となった。
「スライムの擬態だったか」
少年はライトだったものに近づきそう呟く。
一方で、一連の下りをただただ見ていることしかできなかった私は、その場に力無くへたり込んでしまった。
「……なんで」
そんな言葉しか出てこなかった。
この一瞬であらゆる事が起こりすぎて。
そんな私の横でレフティは険しい顔で少年を見る。
「……わかってたのか?」
「そりゃわかるでしょ。
この臭い、悪食の魔物のそれだ」
少年は鼻をつまみながらスライムの亡骸を指差す。
そういえばここにくる直前にレフティが『臭い』と言っていたことを思い出す。
私も不思議に思っていたが、死んで臭いが増したスライムの亡骸から、あの時の臭いの元はこのスライムだったことを確信した。
「ここまで来る道中で入れ替わられたんだろう。
トイレ休憩中とか」
先程の勢いから一変し、冷静な声色でそう分析しながら、少年は私達が一度も口を付けなかったティーカップを片付け始めた。
「――これ、意味なかったな」
「どういう意味だ?」
少年の言葉の意味をレフティが訊ねる。
「このお茶は『コエンドール草』を煎じたお茶だ。
30分以上煮出せば美味しく飲めるが、それ未満だと微弱の毒性が残ってしまう。
主な症状は、軽度の麻痺による運動能力の低下……」
「……まさか!」
「見ず知らずの訪問者、おまけに一人は魔物だったんだ。
大目に見てくれよ」
ティーカップを洗い終えた少年は「さてと」と言って私たちに向き直る。
「ひと段落して俺も落ち着いた。
改めて見せてもらおうか。サーロンからの手紙を」
先程の攻防を目の当たりにして、この少年がマルヌ・スターヴィンである事を認めざるを得なくなってしまった私は、懐からゆっくりとお父様からの封書を取り出したのだった。