第36話 森の調査(3)
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「――ここだ」
昨日ドラゴンを討伐したのは。
「……地面が抉れてるわね。
何をしたらこんなことになるのかしら?」
「……殴って」
「はぁ? 何て?」
「いや、何でもない」
俺の返事に、呆れたように「ふう」と溜息をついたリブは、それ以上何かを言うこともなく。
ドラゴンに踏み倒された木々のある方へ歩みを進めた。
図体の大きなグリーンドラゴンが通った後は簡単に辿れそうだ。
乱暴に薙ぎ倒された木々がそれを示してくれる。
とはいえグリーンドラゴンは、飛べる魔物。
「――ここまでね」
少しひらけたところに出て、視界が広くなる。
俺たちが辿り着いたのは、森の中にある湖。
リブの言う通り、ここから先に木々が倒された形跡はない。
おそらく、空を飛行していたグリーンドラゴンは、湖で水を飲んでいた動物を狙い着陸。
そこでの食事だけでは飽き足らず、さらなる獲物を喰らうべく、地面を駆けていたところで俺らと遭遇したのだろう。
やはり遅かれ早かれ、いずれは街も襲われてたと予測できる。あの場で討伐できてよかった。
「手がかりは……特になさそうだな」
あたりを見回しながらそう呟くが、急に漂ってきた異臭に、思わず「うっ!」と小さく唸り、鼻をつまむ。
見ると、昨日ドラゴンに食い荒らされたであろう動物の亡骸が横たわっており、その周りを蝿がたかっていた。
……食物連鎖は仕方のない事だが、せめて命を頂くのだから、もう少し綺麗に食べてあげて欲しいものである。
そして、そんな亡骸と同じ毛並みを持つ鹿が、そう遠くない場所で呑気に水を飲んでいる。
腹を食い破られた同族の遺体のそばで、黙々と水を飲むその姿に、なんとも言えない気分になる。
『人間は考える葦である』――そんな言葉もあるが、果たしてこんな憐れみにも似た感情を抱ける方が優れているのか。
それとも、自分が生きる為に不要な感情は持たない方が、生物として高尚なのか……。
「こら、難しい顔してサボってんじゃないわよ」
……バレたか。
適当にそれっぽい言葉を並べて、考えてる振りをしてたんだが。
そんなリブの言葉とほぼ同時に、のんびりと湖の水を飲んでいた鹿は、急にビクッと体を震わせた。
かと思えば、何かに怯えるように走り去ってしまった。
何か――というか、間違いなくリブの視線が原因だろう。
その様子に、思わず笑いが込み上げてくる。
「そう怒るなって。鹿まで逃げちゃったぞ? ぷぷ!」
「別に怒ってないわよ。あの鹿が特別臆病なだけ……って、ちょっと、それ!」
何かに気づいたように声を上げたリブは、こちらに駆け寄ってきた。
「この死骸がどうかしたのか?」
「……さっきも見た通り、この鹿、かなり臆病な性格で有名なのよ。
その危険察知能力は相当なもので、強靭な脚力と小柄な体も相まって、滅多に仕留められないって聞いたことがあるわ。
……確か、グリーンドラゴンってあまり知能が高くないのよね?」
「……そうだな。少なくとも目の前にご馳走があったら、殺気ダダ漏れで襲ってくるだろうな」
そしてグリーンドラゴン自身は、その大きな体躯もあってか、そこまで素早く動くことはできない。
だから普通は、もう少し大きくて、動きの単調な動物や魔物を捕食する。
……イービルボアとか。
『イービル』なんて邪悪な名前に反して、人間にもドラゴンにも好まれて食べられてしまう悲しき魔物である。
とにかく、リブの言いたいことが伝わってきた。
つまり、グリーンドラゴンがこの鹿を自力だけで仕留めたとは考えにくいってことか。
罠でも仕掛けてあったのだろうか?
しかし、この死骸の周りにはそれらしい仕掛けは見当たらない。
あるのはこの……奇妙な石ころだけだ。
俺はしゃがみ込み、その石ころを拾い上げた。
色は霞んでいるものの、綺麗な丸みを帯びており、この大自然の中に転がっている物としては、少しだけ不釣り合いな印象を受ける。
「なによ、それ」
「いや。わからない」
リブも俺の手のひらに乗せた石ころをまじまじと見ているが、この正体に心当たりはないようだ。
何も関係ないのかもしれない。
「――おいおい。今日はこの森、立ち入り禁止じゃなかったっけ?」
不意に俺らの後方から、壮年な男の声が聞こえた。
振り返ると、嫌らしくニヤついた表情を浮かべる三人の男達。
いずれも、防具で身を包み、剣を所持している。
一見すると、ただのハンター。
しかし、目の前の男達が言う通り、今日この森は立ち入り禁止とされている。
俺たちはきちんと依頼されてこの森に来た。
……だが、この男達はどうだろうか?
「……密猟者ね」
リブはそう呟きながら、腰に差した剣をゆっくりと引き抜いた。




