第34話 森の調査(1)
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コンコン!
夜も更けてきた頃、不意に扉をノックする音が響いた。
ここはロータス城内の一室。俺が借りている部屋だ。
こんな時間に誰だろうか?
訪問者に心当たりのない俺は、ゆっくりと扉を開けた。
「……悪いわね。遅くに」
恐る恐る顔を覗かせた俺の視界に飛び込んできたのは、ラフな服装に身を包み、腕を組んで立つリブの姿だった。
「ッ!?」
只でさえ予想だにしなかった来訪者。
おまけに見慣れぬ姿の彼女に、見てはいけないものを見てしまったかのような気持ちに苛まれ、声も出せずに、たじろいでしまう。
そんな俺の様子を不審がるように睨みつけてくるリブ。
「なによ、その反応は」
「だってお前、その格好ッ!」
――所謂、ネグリジェというやつか。
上から薄い上着を羽織ってはいるものの、肌の露出が半端ないやつ。
「……ただの寝巻きじゃない。何も変じゃないわ」
ならなんで顔赤くしてるんだよ!
おそらくさっきまでは、自分の格好に何も疑問はなかったのだろう。
しかし、俺の反応を見た途端に、ふと冷静になって考え直したのだと思われる。
……いい機会だ。その服、ちゃんと目のやり場に困るやつだから。
お前自身も自覚した方がいい。
「――それはそうと、何の用だよ?」
「そ、そうよ! 私が用もなくあなたの部屋を訪ねるわけないじゃない!」
「そんなことはわかってるよ!」
少し取り乱した様子のリブは、自分を落ち着かせるように咳払いをしたのち、本題を語り始めた。
「あなた、明日空いてるわよね?
ちょっと付き合いなさい」
「……なんで?」
きっと今の俺は、わかりやすく怪訝な顔を浮かべている事だろう。
……デート……な訳ないからな。
「今日、森でグリーンドラゴンが出たそうじゃない」
「……ああ」
そうだ。当然知っている。
とどめを刺したのはガントだったが、俺も討伐に協力した当事者だからな。
「本来ならあんな魔力濃度の薄い森にドラゴンが現れるわけがない。
そこで、私たちで森の調査をするように、と――お父様からの依頼よ」
……なるほどね。しかし。
「まずは、元々ドラゴンが生息しそうな『ガンリーモ山』辺りを調べた方がいいんじゃないか?
そっちに何らかの原因がある可能性の方が高いと思うんだけど……」
するとリブは真剣な面持ちで口を開く。
「……その線が濃厚なのは確かね。
だからそっちは、3位のナナさん率いる拳獄会が向かったわ」
――拳獄会。
ギルドランキング3位のナナ・ナックルが代表を務める、格闘技団体だ。
スポーツの格闘技をメインに活動しつつも、その構成員のほとんどはギルドに登録しているプロの魔物ハンター。
確か名前の由来は、『拳で地獄を見せてやる会』……だったかな。安直だが、シンプルに物騒な名前だ。
「じゃあ……『ドーシアチ山』は?
あそこも魔力濃度が高いスポットだろ?」
「そんな観光地みたいな言い方しない!
魔力濃度が高いってことは、強力な魔物を引き寄せるから、それだけ危険なのよ!
そっちは6位のラウダさんのパーティが向かったらしいわ」
「げっ! あいつか……大丈夫かよ?」
先日、十位会談で俺に絡んできた奴だ。
リブも少し不満そうに眉を顰めている。
彼女の場合は、あの日、露骨にサーロン達を貶されたからか、彼に対してあまりいい感情を持っていない事がわかりやすく伝わってきた。
「じゃあ『ナリルピス岳』は……」
「そっちは2位のクロチェテイ卿が……」
……うーん。
「つまり、一番危険の少ない余り物に、俺らがあてがわれたわけか」
「……そんな事ないわ。これも大事な調査よ」
その間はなんだよ。
お前も不満がダダ漏れじゃねぇか。
まあ、仕方ない。彼女の言う通り、これも大事な調査だ。
何かあった時のことを考えると、並のハンターに行かせるのは少々荷が重いと考えてのことだろう。
「じゃあまた明日。寝坊しないように。
お休みなさい」
リブはそう言うと、シャンプーの香りだけを残して、颯爽と去っていった。
かくいう俺が、その香りを堪能し終えるまで扉を閉めなかったのはナイショだ。
***
翌朝、ギルドの扉を威勢良く押し開いて進むリブの後に続き、クエストの受注カウンターの前までやってきた。
「すみません、今はクエストの受注を停止してまして……」
そこまで言ってから、急に晴れやかな表情に切り替わる受付のお姉さん。
「リブさん! お待ちしておりました!」
彼女のこの様子。
どうやら先に話が通っていたようだ。
まあ当然か。
「お連れの方は……あっ!」
「……どーも」
この受付のお姉さんは、昨日も対応してくれた人だ。
俺に対して不信感をあらわにしていた彼女は、翌日になって再び俺を相手するとは思ってなかった事だろう。
俺を見るなり、みるみる険しい顔になっていった。
先程リブを見つけた時に見せた、あの晴れやかな顔がまるで嘘のようだ。
ころころと表情が変わって面白いな。




