第31話 久々のギルド(3)
グリーンドラゴンは、その名の通り、緑色の鱗で全身を覆ったドラゴンである。
幻獣種の中では低い知能しか持たないが、イービルボアをもゆうに超える全長、強靭な牙と爪、背に生やした翼。
いずれも自然界には存在しない程の規格外のものであり、幻獣種に分類されるのも頷ける強大な魔物だ。
「ドラゴンが……! なんでこんなところに!?」
「聞いてねぇよ!」
「そうだそうだ!」
「……逃げろぉぉ!」
ハンターの男達は手にした武器を放り出し、一目散に逃げていく。
確かに、彼らのレベルでは難しい相手だろう。
というか、俺だってこんな強い敵と戦うつもりは無かったんだが……。
なぜこんなところにドラゴンが?
額から流れてくる一筋の汗を拭いながらも、目の前のドラゴンを見据える。
こういう時、敵から目を離すなんて事はご法度だ。
そんな俺に向かって、リーダーの男が震えた声を張り上げる。
「君たち、何してるんだ!? 我々では敵わない!
早く逃げるんだ!」
……君たち、か。
見ると、依然、俺と共にグリーンドラゴンと対峙している男が一人――大剣の男だ。
「……ハッ。ここで俺らが退いたら、どれだけの被害が出ると思ってるんだ?」
ここはロータスの城下町からさほど離れていない森。
彼の言う通り、ここで、このグリーンドラゴンを退けないと、そう遅くないタイミングで城下町にまで被害が及ぶ事は、想像に難くない。
「おおおお!!」
彼は雄叫びを上げながら、大剣を手にグリーンドラゴンに向かって駆けていった。
***
――これは夢か?
ギルドに登録して、はや十年。
ギルドランキングも100位まで登り詰め、我ながらそこそこの実力に満足していた。
仲間と組んで、イービルボア程の大きな魔物を狩ることにも慣れてきた。
しかし、今までこんな強敵と対峙した事はなかった。
幻獣種、しかもドラゴンだなんて。
仲間達は既に逃げ出していた。
元々、彼らは気性が荒く、僕とは合わないと思っていた。
我先にと逃げる彼らの後ろ姿は、まるで僕らの信頼関係の浅さを表すかのようだった。
「君たち、何してるんだ!? 我々では敵わない!
早く逃げるんだ!」
仲間達とは対照的に、まだその場を離れない少年達に向かって、僕は声を張り上げる。
その声は震えていた。彼らにも気づかれただろうか?
情けなくも思うが、それ程までに強大な敵であることが伝われば、それでもいいと思えた。
僕達が敵わない相手だ。彼らが敵うはずがない。
一人は、体こそ鍛え上げているようだが、あまり良い出来とは言えない無骨な大剣を背負う少年。
もう一人は、細身で華奢な少年。武器も、腰に差したナイフくらいしか見当たらない。おそらく魔術師だろう。
彼らは僕が半ば無理やり連れてきたようなものだ。
巻き込んでしまってすまない。せめて無事に帰さなければ。
そう思う心とは裏腹に、足は自然とドラゴンから遠ざかろうとする。
……僕も所詮、自分が一番可愛いという事か。
「おおおお!!」
不意に響く雄叫び。見ると、大剣の少年がグリーンドラゴンに向かって駆けていくではないか。
僕の言葉を聞いてなかったのか!?
なんて無謀な……!
「やめるんだ君ーー!!」
僕の叫びなど意に介さないとばかりに、グリーンドラゴンの強靭な前足に向かって大剣を振り下ろす。
ガキン!
すぐに、硬いものがぶつかり合った音が響く。
彼の大剣は無情にも、グリーンドラゴンの鱗に弾かれてしまった。
グリーンドラゴンはなんともない様子で大きな口を開き、少年に襲いかかる。
大剣の少年を食いちぎるつもりか。当の彼は、弾かれた大剣によりバランスを崩している。
――危ないッ!
ピシィッ!
「ギャウッ!」
……思わず目を覆いたくなる瞬間だったが、僕は確かに見た。
グリーンドラゴンの大口が大剣の少年に届く直前、その間に形成された防御障壁。
それが盾となって、グリーンドラゴンの頭を弾き飛ばした。
短い悲鳴を上げるグリーンドラゴン。
そしてそれを防いだ防御障壁もまた、パリンと音を立てて砕け散った。
「ちっ! 三枚でギリギリか……」
もう一人の細身の少年が言う。
まさか今の防御障壁は、彼が……?
「……すまないな。助かった。」
「危ないな! 突っ込む前にちょっとは考えないと、命がいくつあっても足りないぞ!」
「ハッ。それもそうだ。気がついたら駆け出していた」
「なんだよそれ!」
細身の少年は呆れ混じりの怒号を発する。
それに対して、大剣の少年はグリーンドラゴンから目を切ることなく、細身の少年に問いかける。
「じゃあお前は……俺がやろうとしている事も、間違っていると思うか?」
「……いや。そうは思わないよ」
細身の少年の答えに、大剣の少年は満足そうな――笑みを浮かべている!?
しかしそれは大剣の少年だけではない。
細身の少年もまた、額に汗を光らせながら、それでも確かに笑みを浮かべていた。
彼らは互いに、グリーンドラゴンから目を離す事はない。
そんな極限の緊張感の中、信じられないことだが――彼らの口角は上がっていたのだ。
彼らは知り合いなのだろうか?
しかし、ここに来るまでの間に、彼らがそれらしい会話をしていた様子はない。
仮に今日知り合った仲だとしたら、彼らのあの表情はなんだ。
――今の一瞬で、互いを認め合えたとでも言うのだろうか?