第3話 リブが征く(3)
みすぼらしい外観に反して、小屋の中は比較的華麗に整っていた。
1ルームの中央にあるダイニングテーブルに着く。
護衛の二人は座る事なく、私の座る席の後方に立つ。
少年は慣れない手つきで三人分のティーカップを用意している。
しばらくすると、カチャと小さな音を立てて私の前にお茶が注がれたティーカップが置かれた。
続けて護衛の分のティーカップも並ぶ。
「お構いなく」
「で、サーロンからの預かり物ってのは何なんだ?」
少年は私の前の席にドスッと座ると、ぶっきらぼうにそう言い放つ。
「マルヌ・スターヴィン宛の封書よ。
貴方に渡すべきではないわ」
「そうかい。
でも生憎、マルヌ・スターヴィンは帰ってこないよ」
私の返事が不服だったのか、少年は口を尖らせながらそう言った。
「なぜ?」
「旅行だよ旅行!
だからその封書とやらは俺が預かるよ」
なんだか取ってつけたような理由ね。
「……貴方、本当にマルヌ・スターヴィンの息子よね?」
「そんなこと言ったら、あんたがサーロンの娘だってのも口で聞いただけなんだけど」
「……そうね」
私は首にかけていた銀色のペンダント状のタグを外して見せた。
このタグは『ライセンスタグ』と呼ばれるもの。持ち主の氏名やギルドランキングなどが記載された、いわば身分証明書である。
勿論、それだけでは持ち主の顔まではわからない。それでも十分に身分証明の役割を果たす。
と言うのも、ギルドに登録する者に限って、タグを盗まれるようなヘマはしないからだ。
あとは、もし仮に盗んだとしても使い道がない。
高く売れる物でもないし。
盗んだタグで身分を偽り、分不相応な事――例えば、自身の実力を超えるほどの高難易度の依頼を受注したとしても、恐らくは達成できず、逃げ帰ってくるのが関の山。
それならまだ良い方で、最悪の場合、命を落とす。
金に困った者が高難易度の依頼を不正に受注する、というのはあるのかもしれない。
まあ、聞いた事はないけれど。
それ以外の使い道は……私は考えたことがない。
「……なるほど。
確かにステイクスって言えばサーロンの家のものだ。
ついでにランキング9位ってのも本当らしいね」
私のライセンスを確認した少年は、不意にハハッと笑い出した。
「それにしても、あんたがランキング9位ってことは誰かが落ちたってことか!
誰だ? 『クロチェティ』のじじいがついに引退したか?」
この子のこの言い草、悪意があるわね。それにしても。
「貴方、本当に浮世離れしてるのね。
クロチェティ卿はご健在よ。
退任したのは、前1位の『マザー・エンブレス』。
前7位の『クワード・バレイ』。
それに、前9位の『サクリー・アプ』」
私の言葉を聞き終えるや否や、少年はバンッと両手で強く机を叩き立ち上がった。
「は!? 三人も? マザーまで!?
なんで!?」
「引退よ……表向きはね」
――あ。
少年の勢いに気圧されて、つい要らぬことを言ってしまった。
私の言葉に何かを察したであろう少年は、少しの沈黙の後、口を開く。
「……見せろ」
「え?」
「手紙を見せろ!」
「だから貴方に渡すべきではないと……」
「俺だよ! 俺がマルヌ・スターヴィンだよ!」
少年は声を荒げながら、自らのライセンスタグを突き出してきた。
「……ウソ……」
思わず声を失った。
確かにそのライセンスには『マルヌ・スターヴィン』の名前が刻まれていた。