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第241話 魔王討伐の旅(2)

 それから数日。

 一行は森を抜け、野を越え山を越え、スプリ村へと辿り着いた。


 平野を駆ける馬車に揺られ、時には徐行する馬車の隣を歩き、討伐部隊の面々と共に暖かい食事を口にする――。

 そんな日々の中で、最初は四六時中何かに怯えていたマルヌだったが、少しずつ心穏やかな時を過ごせるようになっていった。



『――飯が食えりゃあ、何でも治る!』


 そう持論を展開したアレックスは、道中、半ば強引にマルヌに飯を食わせていた。


「……結果的には、それが良い方に転がったかね」


 マザーは、少し離れた川べりに座るマルヌを見つめながらそう呟いた。



 一行の中でも一番小柄な男性剣士サクリーの服を、急ごしらえで仕立て直した物に身を包むマルヌ。

 ブカブカの服に、ぼんやりと川の流れを見ている間抜け面。

 そんなマルヌを小馬鹿にするかの如く、一匹の蝶がヒラヒラと、彼の顔の前を舞う。


 マルヌは呆けたまま、その蝶を目で追っていた。


 ――(それ)はそれは、穏やかな光景だった。



「まあ、あながち間違いでも無いよ。

 腹が空くと、良くない事を考えがちになるからね」


 同じくマザーの隣りでマルヌを見ていたナナも、マザーの呟きに同意した。




「……馬車もかなり痛みましたね」


 メモリーが馬車をまじまじと見ながらそう零すと、サーロンが頷いた。


「ここ数日で、魔物からの襲撃も激しくなってきたからな。

 この村に滞在する間で補強しよう」




「村長。しばらくお世話になります」


 ブルーノは目の前の老人――スプリ村の長に頭を下げた。


「顔を上げてくだされ。

 今や時の人々であり、人類の希望とも言われる魔王討伐部隊の皆様方をもてなさない理由など、ありますまい。

 しかも貴方様に至っては、ロータスの王子様であらせられる」


「それは言わないで下さい。今の私は魔王討伐部隊のいち戦士ですので」


「……これは失礼いたしました」



 そう言いつつも、依然として畏まった様子が抜けない村長。

 なんとも言えない空気が二人の間に流れる。

 ブルーノはたまらず話題を逸らす。


「時に村長、この近辺の魔物の動向はいかがですか?」


「近頃は随分と凶暴な魔物も増えました。が……」


 言いかけて、村長は村の中央に目を向けた。

 その視線を追うブルーノの目には、のどかな村の風景が映る。


 都市部からは随分と離れたこの村は、人口も多くはなく、故に喧騒とは無縁な、ゆったりとした時間が流れていた。

 木造の家屋がまばらに並び、牛舎や鶏舎も見える。


 そこを数人の子供達が駆けてゆく。

 きゃっきゃっと無邪気な声を上げながら。



 その奥には、とある親子の姿があった。


「ほら、お前も行ってこい!」

「うん!」


 朗らかな笑顔で男の子を送り出す父親。

 その笑顔に負けない元気な笑みを浮かべながら、男の子は子供達の中に混じってゆく。


 父親は頑丈に作られた皮の防具を纏っていた。



「幸いこの村にも腕利のハンターがおりますゆえ……」


 ブルーノは安堵した。

 ――この村なら大丈夫。

 きっとマルヌもここで健やかに暮らしてゆける。


「それは何よりです」


 多くを語らない村長だったが、言葉よりも確かな答えに、ブルーノはニコリと微笑んだ。



***



「さあ、出発するぞ!」


 サーロンが気合いの号令をかける。


 ――村での数日はあっという間に過ぎていった。

 準備を整えた魔王討伐部隊は、スプリ村を発ち、再び旅に出る。

 それは同時に、マルヌとの別れも意味していた。


 マルヌはこの村に置いていく――それは一行が最初に決めたことだった。



「……達者でな」


 別れ際、ブルーノはマルヌの頭にポンと手を置いた。

 一方で、呆けた表情のマルヌ。

 それが一行との別れだと理解しているのかもわからない。

 とにかく彼は、喚く素振りも見せなかった。


 そんな彼の様子に、マザーはうんうんと頷き、にんまりと微笑んだ。


「いい子だ。村の人の言う事をよく聞くんだよ?」


 そしてマルヌの目線の高さに合わせるように身をかがめ、優しく語りかけた。



 そんな中。


「……いいのかい?」


 ナナはアレックスに問いかける。

 誰よりもマルヌの事を気にかけていたように見えたアレックス。

 そんな彼が、いよいよ出発するという今日に限っては、一言たりともマルヌと言葉を交わしていなかったからだ。


「いいんだよ! 俺たちみたいな血生臭い連中の事なんか、さっさと忘れちまった方がいいんだからな!」


 アレックスはそう言い放つと、そそくさと馬車に乗り込んでしまった。


「そうかもね」


 ナナもまたそう呟き、アレックスの後に続いた。



 ――こうして、村の入り口に立ち尽くすマルヌと、そんな彼の肩に優しく手を添える村長に見送られ、一行は旅立ってゆくのだった。

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