第207話 誘導(4)
――紫色の光を帯びた『蛾』の羽。
フランダルの背から生えるそれは、彼の魔力で形作られたものである。
「『繭』を破り、羽を得る……ふふ。
どうだい? 美しい演出だろう?」
「……繭」
先程までそこにあった、紫に発光する『楕円形の塊』。それはフランダルが言うところの『繭』であった事が、レビィにも理解できた。
「とはいえ、ここまで大きくて鮮やかな羽は初めてだ」
フランダルは背の羽をバサリと動かす。
片翼に人ひとりが収まるほどの巨大な羽――それが一度動けば、そこから巻き起こる風もかなりのもの。
彼の足元に散らばっていた木箱の破片が、紙屑のように吹き飛ぶ。
「これも全て君のおかげだ。
……いや。君の良質な魔力のおかげ、と言うべきか」
「……?」
レビィはフランダルの言う意味を理解できなかった。
が、その直後、レビィの膝が脱力するようにガクッと折れた。
「え……?」
何の前触れもなく、足から力が抜けた。
それも先程、フランダルを蹴り飛ばした方の足だ。
バランスを崩したレビィは床に手をつくも、なんとか尻餅をつく事なく踏みとどまる。
突然の異変に驚きながら自身の足に目を向ければ、そこに纏わせていた紫電の出力が著しく低下していることに気づく。
「……私の魔力を……吸った?」
「ご名答」
フランダルは口の端を吊り上げる。
「君の美しい蹴りに敬意を表し、俺はそれを肌で感じながら、同時に魔力を吸わせてもらった。
思った通り、君の魔力は美味だ。あの教師のものとは比べ物にならない。
君の魔力が俺の全身を潤わせる。それに応えるように、俺の体は躍動する」
フランダルは両手を広げる。
すると彼の背の羽も、中心から外側へ波及するようにして、より一層強く光り輝く。
――レビィから吸い取った魔力が、その羽の細部にまで行き渡るかのように。
「さあ、君を味わい尽くそう。
……簡単にくたばってくれるなよ?」
***
――それから、決して長くない時間の後に。
「……くっ……!」
フランダルとの激闘の末、レビィは苦しげな表情を浮かべていた。
片膝をつき、肩で息をしている。
傷とも汚れともわからない跡が、彼女の体の至る所についている。
目も虚ろで、焦点が定まっていないのが見て取れるほどだったが、それでも彼女の顔は前方のフランダルに向いていた。
「全く……。君は本当に素晴らしい。
いくら俺に魔力を吸われようとも、ひたむきに俺に向かってくる姿勢、健気で儚く、美しい」
レビィを褒め称えるフランダル。
しかしその一方で、彼はレビィを批評するスタンスを変える事はなかった。
そんな彼の内心は次の一言に表れる事となる。
「だが、いい加減分かっただろう。君は俺には勝てない。
これは絶対的な事実であり、むしろ最初から決まっていたと言っても過言ではない。
それほどまでに、君の魔法は俺に対して相性が悪かった」
絶対に自分の方が上であると信じて疑わない者の言種。
しかしフランダルがそう考えるのも無理はなかった。
――レビィの攻撃は格闘術。故に相手に触れることは避けられない。
加えて彼女の攻撃力を高めているのは、身に纏わせた紫電――つまり魔力である。
それに対して、フランダルは相手の魔力を吸う。
ただしその際には、彼自身かあるいは彼が形作った魔法のいずれかが、対象の体に触れている必要がある――という条件がある。
そして今回に限り、その条件は何の制約にもなっていなかった。
何故なら、レビィは攻撃の度に自ら体を接触させに来る、いわば格好の餌食だったからである。
しかも、接触した瞬間に彼女の攻撃力の要である魔力を吸ってしまうのだから、その威力も格段に落ちる。
こうしてフランダルはダメージをほとんど負うことなく、レビィから魔力を吸っていった。
一方でレビィはと言えば、魔力を吸われることによって徐々に弱っていったのである。
――こんな状況に置かれてもなお、レビィは立ち上がろうと膝に力を込める。
しかし――。
「……痛ッ……!」
力を込めた足に激痛が走り、レビィはその場に座り込んでしまった。
それを見ていたフランダルは、そうなることがわかっていたように言う。
「限界が来たか。……当然だ。
大の男や、ましてや巨大な体躯を誇るワイバーンですら蹴り飛ばすのだから、君の足にかかる負担も相当なもの。
だからこそ君が身に纏わせていた紫電は、攻撃力強化の他にも、君自身の足をコーティングして守る役割を担っていたはずだ。
魔力を俺が吸い取っているというのに、攻撃を止めないものだから……。
か弱い少女である君の足はもう――ボロボロだろう」




