第2話 リブが征く(2)
「……やっと着いたわ」
ブロル山の頂上。来るのは初めてね。
ブロル山を上方まで登るものは少ない。
人里に降りてきて被害を与えるような魔物が生息していないためだ。
それに加えて――
「意外に険しい道のりだったわね……」
「ですね」
「おかげで結構時間かかりましたね」
人がよく立ち入る麓の方ならともかく、山の上方ともなれば当然、山道の整備なんてされていない。
そんな所、特別な用事がなければ誰も近寄らない。
木々をかき分けなんとか進んできたが、下山もあるなんてことは、今は考えたくもない。
クエストのメインターゲットであるクレイジーバット5頭はとうに狩り終えていた。
いずれも私が一太刀で仕留めた。
完了の証として心臓だけ抜き取り、腰の皮袋に格納している。
クレイジーバットの素材で高く買い取ってもらえる部位などないのでそれだけで十分だ。
「それはそうとリブ様。なんか臭いません?
狩り終えるのが早すぎて、この長路で腐ってきてませんか?」
護衛の一人が私の腰の皮袋を指して問いかけてきた。
出発前に聞いた名前――確か『ライト』と『レフティ』って言ったわね。
今話しかけてきたのは、レフティの方か。
確かにちょっと臭うかも。でも――
「魔物を狩ってたらこんなこともあるでしょ!
そんなことで文句垂れてたら狩人なんかやってられないわ!
だいたい、女性に対して臭うだなんて失礼だと思わない?」
ただでさえイライラしてるのに、そんなくだらない事言わないで!
するとレフティは慌てた様子で弁明を始めた。
「失礼しました! ええと……。あっ!
私どもは何もしておりませんので、荷物持ちくらいはさせていただければと!」
レフティの言う通り、彼らは本当に何もしていない。
貴方達、仮にも護衛なのよね? と言おうとしたがやめた。
そうよ。元々護衛などいらないのよ。
私は呆れて「はぁ」と溜息を漏らしながら、腰の皮袋をレフティに差し出した。
「お預かりいたします!」
調子のいい返事と共に皮袋を受け取ったレフティだったが、すぐに何やら不思議そうに眉を顰める。
「……うーん。これじゃないなぁ」
なにやらぶつぶつ呟いているが、放っておこう。
さて、マルヌ・スターヴィンの家は、と。
……あれか。
年季の入ったボロボロの木造小屋。
それに、『マルヌ・スターヴィンのいえじゃないです』と雑に彫られた板が立てかけられている。
いや、どう考えてもマルヌ・スターヴィンの家だろう。
扉の前までくると、中で人の動く気配がある。
今はまだ明るい時間。
なので小屋の中に明かりが灯っているわけでもないのだが、おそらくマルヌ・スターヴィンであろう人物が中にいることだけはわかった。
コンコンと扉をノックすると、中で動く人の気配がピタッとなくなり静かになる。
予期せぬ訪問者に警戒しているのだろうか。
しばらく待ったが応答がない。
もう一度ノックをしようと手を伸ばした時、ギィと軋む音と共にゆっくりと扉が開いた。
「……どちら様?」
恐る恐るといった表情で顔を覗かせたのは、私の予想に反して、随分と若い男。
いや、それにしても若すぎる。
だって――私とそう変わらないくらいの歳の男の子なのだから。
黒い髪。珍しいわね。
それに華奢な体つき。
目鼻立ちは……整っている方かしら。
「あなたは……マルヌ・スターヴィンの息子?
お父上は留守かしら?」
「違うよ。表にも書いているじゃない。
マルヌ・スターヴィンの家じゃないですって」
「マルヌ・スターヴィンじゃないなら、わざわざそんなこと書かないでしょう?
第一、この山頂に住んでいるって情報すら公になってないんだから」
「……まあ、そうだよなぁ」
そうだよなぁって。何よそれ。
この子、馬鹿なのかしら。しかも多分――父親譲りの。
それにしても、どうやら今はこの子しかいないようね。
とはいえ、ここまで来てマルヌ・スターヴィンの顔も見ずに帰るわけにはいかない。
「お父上がお帰りになるまで外で待たせてもらうわ」
「いやいやいや。その前に、あんた達何者?」
ああ、私とした事が。
名乗るタイミングを失っていたわ。
「失礼。私はギルドランキング9位の『リブ・ステイクス』。
マルヌ・スターヴィン宛に、私の父から預かり物があるの」
「このお方のお父上はあの、剣聖・サーロン様であらせられる!」
「……ふーん」
少年は依然、怪訝な面持ちは崩さないままだったが、お父様の名を聞くと、扉を大きく開いて私たちを招き入れた。
「まあ、上がれよ」




