第181話 夜に駆ける(2)
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私は中央広場でマルヌと別れ、東門前へと駆けてゆく。
『こんな所でつまづくわけにはいかないからな』
別れ際、マルヌが放ったその言葉。
それを聞いた時、私の脳裏にはある人物の顔がよぎった。
――それは、お父様の顔。
きっとお父様は、今の私の行動を咎めるだろう。
でも、私だってもう子供じゃない。
ギルドランキングは9位。
お父様と同じ円卓を囲む、一人の戦士だ。
ここまでの道のりは、決して楽なものではなかった。
当然よね。
並いる強者を押し退けて、この位まで来たのだから。
楽であるはず、ないじゃない。
けれど。
せっかくここまで登り詰めてきたというのに、お父様の目は一向に私を見ない。
――もちろん言葉通りの意味ではなく。
私を一人の戦士として見てくれた事がない、ということ。
……どこまで行けばいいの?
わからない。
ただ一つわかるのは、まだ『道半ば』だという事。
だからこそ。
私もまた、こんな所でつまづくわけにはいかない。
――夜の街をただ、ひた走る。
私の足は駆けるのをやめない。
マルヌの言葉が、お父様の顔が――私の背を押し、自然と足を速めるのだ。
夜の街は、昼間とは打って変わって静けさに包まれている。
私はこの夜の空気が好きだ。
毎晩、ロータス城内の自室で眠る前、私は窓を開け、この空気を部屋に取り入れる。
凛と澄んだ空気。
それが、私を『明日』へと運んでくれるような気がして。
その心地よさに全身を任せ、穏やかな気持ちになると……。
やがて深い水の中に沈み込むように意識が遠のいてゆき。
そのまま、ゆっくりと眠りにつく。
――そんな普段とは対称的に、今日は何だか、この空気に心がざわつくのを感じる。
夜の闇からくる静けさも、心なしか不気味に思えた。
中央広場から遠ざかるにつれて、人の姿も少なくなってゆく。
道の両側に立ち並んでいた家々も次第に数を減らし、窓から漏れていた明かりの数も減ってきた。
……来るとしたら、そろそろかしら。
私は足を止めた。
そして、私が走って来た方に振り向くと、闇の中に呼びかけた。
「ここまで来れば、もういいでしょう?
姿を見せたらどう?」
少しの静寂。
やがて私の視線の先の暗闇から、男の声が上がる。
「……家路を急ぐ少女――ってわけじゃあ、なさそうだな」
姿を現した声の主は、オールバックで髪を後ろで縛った、若めな男。
……若い。
いや、若すぎる……?
お父様達、魔王討伐部隊の面々が一様に知る『ディートリヒ』という名の男。
それにしては、若すぎる気がしないでもない。
……別人、か?
「そりゃそうか。
こんな時間に街のはずれにまで走って来る女学生なんて、いるはずないもんな。
おまけに俺の存在にまで気づいている。
只者じゃあない」
男は目を凝らすようにして、私の姿を見つめている。
「……いや、でもやっぱ、ちゃんと女学生だよな?
おばはんの成りすましとか、女装の類なら瞬殺してやろうと思ってたのに。
つーか」
先程から浮かべていた怪訝な顔から一転し、男は口角を著しく上げた。
「かなりの上玉じゃん?
こりゃあ――俄然、楽しみになって来た……!」
おでこの際から垂れる数本の前髪をかき上げながらそう言う男は、明確に私を襲うつもりなのが伝わってきた。
それはそれで良い……のだけれど。
まるで舐め回すように、上から下へと私の姿を捉える男の視線に、思わず身震いしてしまった。
そんな私の様子がお気に召したのか、男はなんと――舌なめずりまでしているではないか。
私は腰の剣に手をかけ、身を屈めるようにして構えた。
この男……。
見た目こそ若々しく、顔立ちも整っているけれど。
虫唾が走る。
そう考えてから、ふとマリーの顔が浮かんだ。
私の脳内に再生された彼女は、にっこりと満面の笑みを浮かべながら言う。
『違うよリブちゃん。そういう時は――』
……ああ、そうね。
「きもい」
『よく出来ましたー!』
私の中のマリー。
再現度、完璧ね。




