第169話 知りゆく者達(2)
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しばらくして、アルテアはレタリーの部屋を後にした。
結局、この日もレタリーが目を覚ますことは無かった。
アルテアは俯きながらレタリーの家の門を出る。
――そんなアルテアに声をかける男が一人。
「待ちわびたぞ、アルテア」
その声に驚き素早く顔を上げるアルテアだったが、声の主の顔を見るなり、緊張を解く。
「……ガント。どうしてここに?」
アルテアの言うように、男の名はガント。
ポポロミート学園、風紀委員長のガント・ハグバールであった。
「お前に用があって来た」
簡潔にそれだけを答えたガントに対して、アルテアは次の疑問をぶつける。
「じゃあ、なぜ私がここにいる、と?」
「俺の勘だ」
――勘。
当たり前のように堂々とそう言い放つガントに、一瞬ぽかんと口を開けてしまうアルテアだったが、すぐに呆れ混じりの笑みを浮かべる。
「……フッ。昔から、君の勘はめっぽう当たるからな」
――アルテアとガントは幼馴染。
今でこそ、『生徒会』と『風紀委員会』という似て非なる組織の長同士。
相容れない部分は多々あり、正面からぶつかる様を学園の生徒達に隠すこともしない。
一方で、その長い付き合いから、互いに互いを理解する者同士でもあった。
「その様子だと、レタリー・ペティは……」
ガントの問いかけに、アルテアは再び表情を曇らせながら、首を横に振った。
「ああ。まだ意識は戻っていない」
「そうか」
「で、わざわざ私の元に来た理由はなんだ?
まさか、ただ私の情けない顔を見に来た訳ではあるまい?」
「そう皮肉るな。
俺をなんだと思っているんだ」
眉を吊り上げ、やや不機嫌な声色でそう言うガントに、アルテアは「ふぅ」と小さな溜息をつく。
「……すまない。言い方が悪かった。
ただ、今は私自身、あまり余裕がないんだ。
情けないことに、な」
「悲観することはない。わかっているさ」
「……わかるだって?」
すると今度は、アルテアの眉がぴくりと吊り上がる。
「君に何がわかると言うんだ?」
低い声でそう言うアルテアの言葉には、静かな怒りが込められていた。
――軽々しく、知った風な口を聞くんじゃない、と。
しかし、その言葉を真正面から受けるガントは怯む様子もなく口を開く。
「……わかるさ。
昨夜、レタリー・ペティと同じように魔力が枯渇した状態で発見されたのは――うちの副委員長だからな」
「!?」
アルテアは言葉を失った。
が、程なくして、ゆっくりと話し出した。
「……そうか。君のところの副委員長も、魔法科だったな」
「ああ。実はレタリー・ペティの件があってから、風紀委員では夜な夜な、街の見回りを行っていた。
もちろん、委員会内で有志を募ってな。
そこで真っ先に手を挙げてくれたのが彼だった」
「そうか。私も彼の人柄はよく知っている。
彼もまた、君に負けず劣らず真っ直ぐな信念を持つ男だったな」
アルテアもまた、風紀委員会で副委員長を務める男子生徒の事を知っていた。
ガントは小さく頷く。
「魔法使いは魔力が枯渇すると危険だ。
それこそ、生死に関わるほどに。
しかし、発見から処置が早ければ早いほど、助かる可能性が上がることも知っている。
だからこそ俺たちは見回りをしていた。
そういった症状に見舞われた人を発見した場合は、速やかに救命措置がとれるように、と。
――そんな中で、副委員長もまた同様の症状に見舞われた。
いや、正しくは『襲われた』と言うべきか」
含みを持たせるように言うガントの言葉に、アルテアの眼は鋭く光る。
「……襲われた?」
「ああ。言葉の通り『襲われた』だ。
どうやら一連の事件は、とある人物による『襲撃事件』のようだ。
そしてその標的はポポロミートの魔法科の生徒――」
「なっ!?」
アルテアは再び言葉を失った。
予想もしなかったガントの返答に目を丸くする。
一方で、ガントからしてみれば、そのアルテアの表情は予想通りであった。
「学園はこの事実を俺達には明かしていない。
おそらく、生徒達の混乱を避けたのだろう」
「……なぜ、そんな情報を知っているんだ?」
アルテアがそう訊ねるのは尤もだった。
すると、先ほどまで澄ました顔だったガントが、この時だけは顔を顰めた。
「風紀委員の情報網、と言ったところだ。
それ以上は、深く聞かないでくれ」
歯切れの悪いガントの返答に、おそらくあまり褒められたやり方ではないのだろう、と察したアルテアは口をつぐんだ。
そんなアルテアの様子に、ガントは会話を仕切り直すように「んん」と小さく咳払いをした。
「本題はここからだ。
……この事件の犯人の行方が追えるかもしれない、と言ったらどうする?」




