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第168話 知りゆく者達(1)

***



 ――場所は変わって。

 ここはとある家の一室。

 部屋の主である少女は、仰向けでベッドに身を横たえていた。



 この部屋の主の少女の名はレタリー・ペティ。

 先日、ディートリヒに襲われ、魔力が枯渇した彼女は、未だ意識が回復せず、自室のベッドで硬く目を閉ざしていた。



 傍の棚の上には、レタリーが常に肌身離さず持ち歩いていた分厚い本が置かれていた。

 少し砂がついているものの、特に目立った汚れは見当たらないその本は、持ち主であるレタリーの身に何が起きたのかを悟らせることはない。



 そんなレタリーの横で、彼女の手を握る人影が一つ。

 ――生徒会会長のアルテア・スノウである。



 レタリーが意識不明の重体であるという知らせを受けてから、アルテアは毎日、レタリーの家へ見舞いに通っていた。

 学園から一斉下校を告げられた今日も、アルテアはレタリーの元へ訪れていたのである。



 アルテアは切なげな表情を浮かべながら、眠るレタリーの顔を見つめている。

 時折苦しそうに顔を歪め、悪夢にうなされるように唸るレタリーの姿を見る度に、アルテアは胸を締め付けられる思いがした。



 なぜ、レタリーがこんな目に遭わなければならないのか。

 アルテアの脳裏には、言いようのないもどかしさが募っていた。

 何処にぶつければ良いのかわからない憤りが、脳内を駆け巡り続ける。



 日々蓄積するその思いは、アルテア自身が気付かないほどに彼女の心身を蝕み、いよいよ限界を迎えようとしていた。



「……アルテアさん、毎日ありがとうね」


 ふと、部屋を覗きに来たレタリーの母からそう呼びかけられ、アルテアは顔を上げた。

 見ると、レタリーの母は笑みを浮かべていた。



(……なんで?)


 そんなレタリーの母の顔に、アルテアの内にはとある感情が込み上げてきた。

 それは――怒り。


(自分の娘がこんな状況に陥る中で、何故笑えるのだ……ッ!?)



 しかし、すぐにアルテアは取り繕ったように、無理やり口角を上げた。


(……そうだ。別にあの笑顔は、本心ではない)



 決してこの状況を笑っている訳ではない。

 それでも、見舞いに来てくれた娘の学友に対して、最低限の礼儀として、レタリーの母もまた、無理やりに笑みを作っているのだ、と。


 アルテアはそう考え直した。




 去ってゆくレタリーの母を見送り、アルテアは先程の自分の思考を恥じて、思わず顔を伏せた。



 普段は何事も冷静に、一歩引いた目線で対処できる――それが、生徒会会長のアルテアの長所である。


 しかしその実、いざ友人のレタリーがこのような状況に陥った今、彼女の長所は見る影もなくなっていた。



「……情けない。

 君も、こんな私を笑うかな?」


 アルテアは再びレタリーの顔を覗き込む。

 しかし当のレタリーは、その問いに答えることは無い。




 再び室内を静寂が包み込む。

 ――そんな矢先。


 レタリーの手がぴくっと動いた。

 その手を握っていたアルテアは、すぐさまそれに気付いた。

 そして座っていた椅子から勢いよく立ち上がると、声を張り上げた。


「レタリー!?」



 しかし、レタリーは目を開ける素振りを見せない。

 代わりに、閉じたままの瞼をぴくぴくと動かしながら、小さく口を開く。



 ――僅かに開かれたその口は弱々しく動き、何かしらの声を発している。


 それに気付いたアルテアは、レタリーの口元に耳を近づけた。



「……助けて……。

 ……アルテア……」




 アルテアはそれを聞き、目を見開く。

 しかしながら、レタリーの為に何も出来ない己の無力さに絶望するように、再び椅子に腰を落ろすのだった。

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