第17話 実習の時間(1)
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シエルに連れられた先は、編入試験の集合場所となっていた広場だった。
「よーし揃ったなー。じゃあ始めるぞー」
先生の気怠そうな声が響く。
今朝、教授室で聞いたが、この先生、名を『ダーリィ』というらしい。
うーむ。まさに、名は体を表す、だな。
「うーん。
今日は天気が良くて暑くてだりぃから、水魔法でいっとくか」
ダーリィ先生はそう言うと、片手を上に掲げる。
するとそこに、拳大の球体が現れた。
まるで魔力の流れを体現するかのように、激しい水流が渦巻きながら球体のように形作られている。さながら水流の球体と言ったところか。そのまんまだが。
「こっからさらに……」
魔力が先生の手に集まっていく。それに合わせるように水流の球体が大きく膨らんでゆく。
その直径が1メートル程になったところで、先生は魔力の収束を抑えた。
「……と、まあ、こんなもんかぁ。
実際はこんなにチンタラやらないけどなー。
まず小さいの作って、それに魔力を注いで膨らますイメージ持っとけー」
先生がそう言い終わるや否や、一人の男子生徒がピシッと勢いよく手を上げた。
「先生! それはこの間教わりました!」
前髪を七三にセットした、いかにも優等生といった雰囲気の男子だ。
「そうだったかー?
じゃあ今のお手本は、今日初めて授業受けるマルヌスの為って事にしとけー」
それに対して、相変わらずの声色で軽く流す先生。
そんな彼だったが、なんと次の瞬間、掲げていた大きな水流の球体をおもむろに地面に放ったではないか。
突然のこの行動には思わず驚いてしまったが、すぐにそれは杞憂だったと分かった。
球体が地面に当たって破裂した瞬間、その地面を覆う芝生が大量の水を即座に吸収したのだ。
「みんなにはいつも言ってるが、ここの芝生は魔法でコーティングされている。
ある程度の魔法なら吸収してくれるからなー」
魔法の吸収――防衛系魔法の応用だろうか。
ただ、この広い敷地全体に作用させているとなると、術者はかなりの手練れと見受けられる。
そんなことを考えていると、後方からまた別の男子生徒の声が上がった。
「……初めてと言っても、さっきの座学の応用だ。
きちんと授業を聞いていれば、できて当然だと思うが?」
この鼻につく声色。
俺に対する敵意を感じる。
ちらりと目線を向けて分かったが、この男、ここに来る直前に俺に対して舌打ちをしていた男だ。
「お、なんだ? 『ディック』。やってみるか?」
ディックと呼ばれた男子は、フッと鼻で笑う。
金髪で吊り目の彼は、センター分けにした前髪をしゃなりと揺らしながら前に出た。
「……出た」
「こら、そんな言い方しない!」
そんなディックの姿に、露骨に嫌な顔をするレビィと、それを窘めるシエル。
ただ、そう言うシエルの顔色からも、彼をあまり良く思っていない様子が感じ取れた。
「……はぁっ!」
わざとらしい声と共に両手を上げるディック。
すると先程の先生と同様に水流の球体を作り出し、みるみる膨らませていく。
そうして先生が作った物には及ばないものの、この授業における課題をクリアした、と言うには十分な大きさまで膨らませた。
「はい、おつかれー。よくできたなー」
先生の声を受け、ディックは水流の球体を地に放つ。
バシャン、と大きな音を立てつつ芝生に吸収されてゆくそれを見ながら、得意げに口角を上げるディック。
彼はその表情を崩さぬまま俺に向き直った。
「次はお前が見せてくれよ、編入生?」
「マルヌスどうだー? やってみるかー?」
ディックとは対照的な、悪意の無い先生の間の抜けた声に後押しされ、俺も前に出る。
そして胸の前で両手を構える。
先程の休み時間の出来事が意図せぬ内に『パフォーマンス』になってしまったようで、生徒たちの期待の眼差しが俺に集中する。
……くそう。柄にもなく緊張してきたな。
両手の間の空間に魔力を放出。
まずは――水流の球体!
左右の二方向から中心に向かって渦を巻くように流れる無色透明な魔力は、すぐに水へと変化し、中央で混ざり合う。
その流れを殺さぬまま、むしろ激しく、球体にまとめあげる。
そのままこの勢いを……大きく膨らませるッ!
バシャンッ!
……あーあ。やっちゃった。
俺の作った水流の球体は、わずか直径10cmほどで制御を失って崩れ落ち、無慈悲に芝生に吸収されていった。
「……ハッ! なんだ。そんな程度か」
そんな俺の様に、どこか満足げな表情のディック。
俺を見下し、嘲笑っているのがヒシヒシと伝わってくる。
……俺、こいつ嫌いだ。
俺はふと周りにいた他の生徒達にも目を向けた。
心なしか彼らもガッカリといった表情を浮かべている……気がする。
「こらー。人の失敗を笑うなー。
マルヌス、気にするなよー。
じゃあ他にやりたい奴いるかー?」
先生はそんなディックを軽く諭して、授業を進めた。




