第150話 休み明けの学園(1)
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「あー! マルヌス来たぁっ!」
久しぶりにやってきた教室。
一歩足を踏み入れた途端、痛快な声が俺の鼓膜を揺らす。
俺を指差して大声を上げたのは――シエルだ。
「……おはよ」
彼女の声に自然と笑みが溢れてくる。
それが照れ臭くて、俺は素気ない挨拶を口にした。
すると、シエルの声に釣られて、周りの同級生達の視線が一気に俺に集中した。
かと思えば、彼らは未だ教室の入り口前に立つ俺の元に駆け寄ってきた。
「久しぶり!」
「心配したぜ?」
「大丈夫かよ?」
矢継ぎ早に降りかかる問いかけに、困った表情を浮かべてしまう。
が、内心嬉しかったのは秘密だ。
それにしても、心配をかけていたのか。
確かに、いきなり一週間の休みを取ったのだ。
心配はかけたのかもしれない。
しかし、改めて考えてみれば、俺は『どんな理由で休んだ事になっていたのか』。
……それは知らない。
ええい、知らないものは聞くしかない!
「大丈夫……って、何が?」
すると、周りの顔色はあまり芳しく無いものに変わってゆく。
「えっ!? 何がって……なあ?」
「……ああ」
なんだろう?
よっぽど言いづらい理由だったのだろうか?
言い淀む彼らの顔を見ると、途端に不安に駆られてしまう。
そんな中で、意を決してそれを語ってくれる者が一人。
「……お前が放課後の補習で、無理矢理に出力した中級魔法の暴発で大怪我を負ったって……」
……ああ、なるほど。
そういう事になってたのね。
俺は直近の学園での出来事を思い出す。
――あれは確か先週の頭だっけ。
確かにあの日は、放課後、ダーリィ先生に付き合ってもらって、中級魔法の特訓をしていた。
知ったばかりの知識である『詠唱』を試してみたんだっけ。
それでも失敗して落胆していたら、突然、生徒会書記のレタリーさんがやって来て。
『――多分あなた、魔法の才能がないんですよ!』
そう言われてからの事は、あまり覚えていない。
たぶん、俺はその場から逃げるように走り出した。
そしてそのまま家路についたんだっけか。
「あー……。ああ。大丈夫、大丈夫!
実際、そんな大した事なくてさ。先生も大袈裟だなぁ!」
「そうだったんだ!」
「よかった!」
「ダーリィ先生のくせに、人騒がせだな!」
そう言って笑う彼らを見て、俺もホッと一安心だ。
実際は大事故どころか、中級魔法の『ち』の字も無いほどに、不発に終わったんだが。
……全く。適当な理由つけるにしても、もっと平和的な理由にしてくれれば良かったのに。
まあ、仕方が無いか。
その理由を考えるのも怠かった。ダーリィ先生なら、きっとそう言うだろう。
悪いのは、急にべキャットに呼び出したアレックスと、それに応じたサーロンとブルーノだ。
――そう考えた途端に、不意に浮かんだアレックスの顔を思い出してしまった。
が、俺はふるふると首を振り、その影を振り払った。
アレックスの安否は気になる。ぶっちゃけ不安だ。
……それでも。
きっとあいつなら、俺なんかに心配されるなんて、屈辱以外の何物でもないだろう。
『俺様より弱いくせに、一丁前に俺様の心配なんかしてんじゃねぇよ、小僧!』
きっと、そうどやされるに決まってる。
だからこそ俺は今、アレックスの事を考えるべきでは無い。
それでいいんだよな?
俺は自らにそう言い聞かせ、改めて目の前の彼らに向き合う。
朗らかに笑う彼らを見てると、自然と俺の心も温かくなる気がする。
それを意識すると尚のこと、俺のことを心配してくれた彼らの優しさが染みる。
――この笑顔を絶やさないために。
そして、俺が俺自身を認めるためにも。
俺は今日も学園で学び、強くならなくちゃいけないんだ。
それにしても、『ダーリィ先生のくせに』はちょっと面白かった。
確かに、口を開けば、一に『だりぃ』、二に『だりぃ』。
三、四がなくて、五に『タバコ吸いてぇ』が口癖のダーリィ先生だからな。
先生の姿を思い浮かべ、俺も笑う。
そんな最中、不意に俺の肩に、トンと何者かの手が置かれた。
……小さな手だ。
不審に思いながらも、俺は恐る恐る振り返る。
「……通れないんだけど……?」
俺の視線の先には、俺よりも一回り小さな人影があった。
のんびりとした独特な口調の彼女は――グリーンドラゴンを単独討伐したとして、最近話題の電撃少女――レビィだ。
わっ! 俺は慌てて飛び退く。
教室の入り口付近に立ちっぱなしだった俺は、後からやって来たレビィからすれば、さぞかし邪魔だったであろう。
「ご、ごめん!」
彼女の人形のような整った――言い方を変えれば、無表情に近い顔に気圧され、俺は焦り混じりに謝る。
しかし、そんな俺の顔が余程おかしかったのか。
レビィはその無表情を崩し、「ふふっ」と小さく笑った。
「……元気そうでよかった」
「……うん」
今まで通り、俺を優しく迎えてくれたレビィに、俺はそう言って頷くことしかできなかった。
ありがとうみんな。ただいま。
こうして俺の学園生活が再び始まったのだった。




