第15話 初登校(2)
「――マルヌス・ターヴィンです。
好きな食べ物はグルメフロッグの唐揚げです。
よろしくお願いします。」
無難と思われる内容でサクッと自己紹介を済ませる。
名前については、音的にほぼほぼ『マルヌ・スターヴィン』そのままなのだが、変にざわつくこともなかった。
実はあまり有名じゃないのかもな。杞憂だったか。
今となっては自意識過剰のようでなんだかとても恥ずかしい。
ここからだと教室にいる生徒達を一望できる。これから一体、どれだけの人と関わることになるのやら。
漠然とそんなことを考えながらぼんやりと眺めていると、その中で一人だけ、やけにニコニコと笑顔を浮かべる女子生徒と目が合った。
「はいーありがとうマルヌス。それじゃあ……」
「――あっ!」
思わず声が漏れ、先生の言葉を遮ってしまった。
……あの子は……。
昨日、編入試験の前に俺が弁当を恵んだ女の子だ。
俺が気付いたと察した彼女は、満面の笑みを崩す事なく口を開く。
「きみ、受かったんだね。おめでとー!」
まるで、試験をパスした俺の事を、自分の事のように喜んでくれているようだ。
「おーなんだ知り合いかー?
じゃあマルヌス、とりあえず『シエル』の隣り座れー」
あの子の名はシエルというのか。
なんとなくだが、彼女のハツラツと元気な振る舞いに似合う名だと思った。
「ちなみに座席は決まってないから、明日からは朝来た時に好きな席に座れよー?
じゃあ、今日の一時限目は魔力コントロールの座学だから、このまま始めるぞー」
俺がシエルと呼ばれる女の子の隣の席についたことを確認すると、先生は気怠そうな声で教科書を読み始めた。
「まだ名前教えてなかったよね?
あたしは『シエル・リマネーゼ』。よろしくね」
小声で囁くシエルに対して、同じく小声でよろしくと返し、授業に集中すべく教卓に向き直った。
***
――うーむ……。
一時限目の終了を知らせる鐘がなり、休み時間に入ったところで、俺は腕を組み悩んでいた。
思ったよりも座学が難しいのだ。
魔力コントロール。
魔法を扱う上で、確かに俺自身もそういった概念にあたるところはクリアしているはずなのだ。
実践では。
しかし、それを言語化して机上で理解するのがなかなかどうして難しい。
もっとこう、シュルッてして、グッて感じなんだが……。
「なーに難しい顔してんの?」
そんな俺に対して、シエルが相変わらずの笑顔で声を掛けてくる。
この悩みをなんて説明したら良いのかと困っていると、シエルは何か別の事を思い出したようだ。
「そういえば、コレ!」
鞄をゴソゴソとあさり、包みを取り出す。
昨日の弁当箱だ。
「昨日はありがとー! 助かったよー!」
たはは、と苦笑いするシエル。
編入試験でバタバタしていて弁当箱のことなど忘れていたが、どうやら持ち帰って洗ってくれたようだ。
ちなみに俺は昨日、城の料理長に弁当箱を無くしたと報告して嫌な顔をされたのだが……。
お陰様でその汚名も返上できそうだな。
「……シエル。
マルヌス君と知り合い……なの?」
弁当箱を受け取っていると、シエルの奥に座る女子生徒が、か細い声と共にゆっくりと顔を出してきた。
ゆったりとした特徴的な喋り方だ。
低血圧か?
「昨日、ちょっとね!」
「……ふーん。
なんか、意味深」
「た、大した事じゃないよ!!」
顔を赤らめて焦り出すシエル。
まあ、女の子として恥ずかしい事だったのはわかるが、大した事ないっていうのはお前が言うな、とは思う。
「……そ? ま、いいや。私は『レビィ・エクレール』。
よろしくね?」
そう言って小首を傾げるレビィ。
それに合わせて、ツーサイドアップにまとめた髪がさらっと揺れる。
シエルとは対照的にあまり感情が顔に出ないようだが、それも相まってか、綺麗に整った彼女の顔立ちはまるで人形のようだ。
彼女の容姿の特徴として、その整った顔は勿論のこと、まず紫掛かった白い髪に目がいく。
その髪色をさらに強調するかのように、制服の上から羽織っているオーバーサイズの真っ黒なローブ。
袖も長く、そこから指先をかろうじて覗かせている。
そしてその小柄な身体から伸びる脚。
座席に座っているためあまりはっきりとは見えないが、黄色と緑のボーダーカラーのハイソックスを履いているようだ。
――おっと、つい少し身を乗り出してしまった……。