第148話 べキャット(1)
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――しばらくして。
魔石捜索の進捗を共有すべく、再び送受石による通信がなされていたが――。
『……サイ坊達のところからの応答がねぇな』
呟くようにそう言うのはタケ。
その一言だけで、皆の緊張が一気に高まる。
マルヌスも思わずごくりと喉を鳴らす。
少しだけ間を置いて、ペネットが口を開いた。
『皆さん。一旦、山を降りましょう』
日の位置はまだ高い。
しかし、下山を考えれば、早すぎるということはない。
もしも山中で暗くなってしまえば、身動きが取れなくなってしまう。
サイ達を除く他の三チームの捜索予定範囲は既に周り終えていた。
山中に散らばる魔石の総数こそ分からないものの、ある程度の数の回収は済んでいる。
それらの状況に加え、サイ達との連絡がつかないという不測の事態が後押しし、ペネットの提案に反対する者はいなかった。
***
マルヌス達がべキャットの街に着いた頃には、既に日は落ちていた。
ペネット達やタケ達は既に到着しており、べキャットのギルドの一階に集まっていた。
マルヌスは軽く辺りを見回す。
しかし、やはりその場にサイ達の姿は無かった。
「もしかして、やられちまったんじゃねぇか?」
タケがそう言い放つが、ネストが口早に異議を唱える。
「まさか! 彼らに限って、そんなことは……」
しかし、その言葉尻ははっきりとしない。
それも致し方ない事である。
狩場において『絶対』など無いことは、この場にいる誰もが承知していることだ。
もちろんネスト自身も、その認識を持つハンターの一人である。
ギルド内を重い静寂が包む。
しかし、それを打ち崩すように凛とした声が響く。
「――サイさん達からの連絡は待つとして。
今日のところは一旦、解散いたしましょう。
皆さんは体を休めてください。
急な任務にも関わらず、ご協力いただきありがとうございました」
声の主は、べキャットのギルドマスター、ロザリアだった。
堂々とした――それでいて、包み込むような優しさを覗かせるその声に、辺りの空気が幾分柔らかくなった。
それでも、タケは眉をひそめて口を開く。
「……でもよ、俺らが集めてきた魔石はどうするんだい?
召喚源石に関して言えば、入り口を開くもんだから、この場にある分には問題ないけどよ。
召喚石はあぶねーだろ。
いつ魔物が出てくるか、わかったもんじゃねぇ」
すると、タケと行動を共にしていた老齢の男が間髪入れずに言う。
「そんなの、決まってんじゃねーか!
ぶっ壊しちまえばいいんだよ!」
「――ッ!?
それはだめだ!」
マルヌスが慌てて叫ぶ。
突然上がったその声に意表をつかれたタケは、目を丸くした。
「どうした、小僧?」
「……」
それに答えるべく、マルヌスは自身の考えをまとめるために少し黙る。
が、そんな様子を見ていたネストが、マルヌスの考えを代弁するように口を開いた。
「今回の緊急任務が下されたきっかけとして、ランキング4位のアレックス・ケイン様が次元の扉に吸い込まれるという事件がありました。
次元の扉の先がどこに通じていたのかはわかりませんが……。
もしかすると、アレックス様がこちらに戻ってくるために、出口を開く召喚石が必要な可能性があります」
マルヌスは驚いた。
まさかリブだけでなく、ネストも自分と同じ事を考えているとは思っていなかったからだ。
しかしながら、タケはネストに向き直り、再び語り出す。
「その話なら聞いてるぜ。
だが、一人の男のために、ロータスへの危険因子をそのままにしておくってのは解せねぇな」
すると今後は、ペネットが話し始める。
「もちろん、通常であればその通りでしょう。
ですが、今回の場合は特例なのです。
我々は召喚源石と召喚石について、情報を持ち合わせていません。
おそらく、メモリー様も含め、本部の方々も詳しくはご存知ないでしょう。
だからこそ、調査する必要があるのです。
――まだ魔力がこもっている、これらの石を」
ペネットはナリルピス岳の山中で発見してきた魔石に視線を移す。
その動きにつられるように、皆が魔石を見つめる。
依然として魔力を内蔵する魔石の怪しい煌めきは、改めて、それが未知なるものである事を知らしめるかのようだった。
その後、ロザリアが捕捉する。
「これらの石は危険因子であるとともに、今後の対策を検討する上で、これ以上ない情報源でもあるのです。
ですから我々は、これらに内蔵された魔力が用いられないことを祈りつつ、調査をするしかないのです」
「……ふむ」
タケのチームの老齢なハンター達は、一旦は納得した様子で小さく唸る。
そんな中、タケだけは未だ不満そうな顔で、自身のキセルに火をつけた。
「――魔石は私が監視します。
幸い、今は仕事を減らしていますしね。
もちろん、皆様にもご協力をお願いしますが」
ペネットは発見した魔石に歩み寄る。
そしてその内の召喚石である三つを持ち上げると、硬く握りしめた。
タケはキセルの煙を吐きながら問う。
「そんなこと言って、あんたがやられちまったらどうするんだ?」
「その時はタケさん、あなたが私の仇をとってくれるでしょう?」
「……わかったよ。
そこまで言われちゃ、俺はもうとやかく言わねぇ」
優しく微笑むペネットの顔を見て、タケは呆れたように笑った。




