第144話 卑しき栗鼠(2)
――今のところ成果無し。
その答えに、サイは頷く。
「わかった。引き続き頼む」
その横で、ミケは薄ら笑いを浮かべながらスクワーレを睨んだ。
「……まさかとは思うけど、手ぇ抜いてるわけじゃあないよねぇ?
全力出してる?
もしくは、リスの数を出しすぎて、一匹あたりの精度が落ちてる、とか?」
ミケの口調は軽かったが、その細い目の奥は、研ぎ澄まされた刃物のように鋭く光っていた。
――確かに、スクワーレの魔法にはデメリットもある。
その特性上、どうしても『持続型』での発動が求められるのだが、彼の魔法においては、その影響の度合いが通常のそれとは異なるのである。
一度手を離れた魔法を後天的にコントロールするためには、どうしても、術者と形成された魔法との間での繋がりを持ち続けるしかない。
これを可能にするのが『持続型』の特徴だが、形成後、手を離れたリスをコントロールし続けるという技術は正に、『持続型』のそれである。
そしてそれは同時に、繋がりを持ち続けている間は絶えず魔力を練り続けなければならないということを示す。
――これが、『持続型』特有の負担。
加えて彼の場合、ただでさえ常時、複数体のリスを同時にコントロールし、それらを広範囲に散開させる事が前提の魔法。
術者であるスクワーレへの負担は、普通の持続型魔法とは比にならない程に大きい。
身震いするような緊張が張り詰める中、スクワーレは恐る恐る口を開く。
「出せるリスは最大で……三匹までです。
勿論、総動員させてますし、それらの精度が落ちることもありません」
「……そう。ならいいけどさ」
納得したミケの言葉で、その場に漂う張り詰めた空気が一気に解放される。
それを察したスクワーレは安堵した。
――スクワーレはこの時、嘘をついていた。
スクワーレが出せるリスの数は、最大で六匹。
内、三匹は、サイやミケ達が把握している通り、周囲の魔物の索敵及び、魔石の捜索に従事している。
他方で、残る三匹は、『スクワーレ個人の意思』により、別の任に着いていた。
――他のチームの元に赴いていたのである。
それぞれ一匹ずつ、リブのチーム、ペネットのチーム、タケのチームの元に向かわせていた。
その後の成り行きは、前述の通り。
リブのチームを見ていたリスは、マルヌスに撃ち抜かれ、その場で消えた。
ペネットとタケのチームを見ていたリスは、彼らが魔物達との戦闘を終えたのを確認すると、その場を離れ、スクワーレの元に戻ってきた。
先ほどスクワーレの腕を駆けた後に消えたリスは、タケのチームを見張っていたリスである。
では何故、スクワーレは仲間であるサイ達を偽ってまで、このような行為に及んだのか。
それは決して誉められた理由ではなかった。
その答えは、リブ達の元に赴いていたリスの不自然な行動が物語っていた。
リスは、リブ達が見つけた召喚石を持ち去ろうとした。
それはすなわち、リブ達の手柄を奪い去ろうとしたことに他ならない。
スクワーレは手柄を奪うべく、他のチームにリスを向かわせたのだ。
「でもまあ、本当に便利だよねー。その魔法。
羨ましいわ」
頭の後ろで手を組み、にゃははと笑うミケ。
そんなミケに対して、スクワーレも口角を上げるが、内心では憤りを感じていた。
(……思ってもいない事をペラペラと……)
ミケは、べキャットのハンターとして功績を残せるだけの高い戦闘能力を持っている。
一方でスクワーレは、戦闘能力の面だけで見れば、ほぼ皆無と言っていい。
スクワーレから言わせてみれば、ミケのような戦闘能力こそ、喉から手が出るほどに欲しい能力。
それを持ち合わせていないからこそ、彼は奪い、そして成り上がってきた。
――『他人の手柄』を。
ここでもう一つ、恐ろしい事実がある。
スクワーレのリスには隠された能力があった。
それは、『魔物を誘き寄せる特殊なフェロモンを放つ』能力。
前日は一切魔物に遭遇しなかったマルヌス達が、今日になって突然複数の魔物から襲撃されたのは、スクワーレのリスの能力によるものだった。
魔物をけしかけて、その対処に追われているハンター達の隙を狙って、手柄を奪う。
それこそが、『スクワーレの狩り』の常套手段。
この事実を知る者は、スクワーレ本人を除けば、只の1人も存在しない。
当然だ。
もし知られてしまえば、今までハンターとして築き上げたものが一瞬にして崩れ去ってしまうのだから。




