第130話 山狩り(2)
今度は色黒の男と同じ卓に座る別の男がククッと笑う。
猫のような吊り目が特徴的で、中性的な見た目の男。
リブ達に背を向けて座っている彼は、後方のリブ達を親指で指しながら話し出す。
「ちなみにその隣にいるのは、32位『銀剣のオレガノ』と、37位『妖刀のマリー』だね。
二人とも、単純な実力だけなら20位圏内だって噂だよ」
猫目の男の口調は軽々しいものであったが、その内容自体は、とても冗談を言っているとは思えなかった。
だからこそ、そうして矢継ぎ早に出てきた情報に、ドギー兄弟と名乗った二人組はみるみる青ざめた顔になっていく。
そんな二人の側で話を聞いていた初老の男。
彼もまた、リブ達の前情報は持ち合わせていなかったようで、間抜けな声を上げた。
「へえ! そんなに名の知れたお嬢さん方だったのかい!
ちっとも知らなんだ!」
それでも、それ以上に大きな反応を示すでもなく、恐縮する様子もなく。
初老の男は目を細め、残る一人の少年を見つめた。
――マルヌスのことである。
「んで、あの小僧は?」
「……んにゃ、あいつのことは知らなーい」
猫目の男はあっけらかんと言い放つ。
隣の色黒の男も、肩をすくめて首を横に振る。
「――彼は強いです。私が保証します」
すると、今まで話に加わっていなかった男の声がギルドの受付付近から響いた。
その声に、皆の注目が集まる。
声の主はネストだった。
ネストは真剣な面持ちで只一言だけそう言った。
その姿に、初老の男は目を閉じ、ニヤリと笑った。
「ネス坊がそう言うってこたぁ、そういうことなんだな」
初老の男をはじめとするその他のハンター達も、何かを悟ったかのように押し黙る。
その異様な雰囲気に、ドギー兄弟の弟は焦りを隠せなかった。
「なんだってんだ!? 正気かよ!?
ちゃんと見てみろ! あいつら、マジでガキじゃあねぇか!」
動揺を隠せない兄もそれに続けて叫ぶ。
「おい、じじい!
てめぇも『ガキ』だって言ってたじゃねぇか!?」
しかし初老の男は「はて?」と心底不思議そうな顔を浮かべた。
「確かに言った。それ自体は事実だからな。
しかし、だからといって『実力不足だ』と言った覚えはないぞ。
それに、あの小僧も只者じゃねぇことぐらい、見りゃあわかる。
……気付けないもんかねぇ?」
「……ッ!」
それは紛れもなく、ドギー兄弟に対して『強者を見抜く目を持っていない』という事を指摘し、揶揄するものだった。
同時に、ドギー兄弟の実力が不足しており、この場においては不相応である事を突きつけていた。
言葉に詰まる弟。
一方で、それでも引かない兄。
「関係ねーよ! これからナリルピス岳に入るってんだぞ!
そんなガキどもに背中を預けてたまるかってんだ!」
「ごちゃごちゃうるせー『ガキ』だな」
食い気味で上からねじ伏せる初老の男。
彼からしてみれば、目の前のドギー兄弟もまた『ガキ』に括ってしまえるほどの若造であった。
「根本から間違ってんだよ。
手前の面倒は手前で見ろ」
そう言って、手にしたキセルの先端をドギー兄の胸に当てがう。
「……他人に背中預けんじゃねーよ」
――ドンッ!
次の瞬間、キセルの先端から鋭い爆発音が炸裂した。
何らかの魔法が放たれたのだ。
その爆発になすすべもなく、ドギー兄の巨体はまるで紙っぺらのように軽々と吹き飛ばされた。
そして「バキッ」という嫌な音と共に、ギルドの入り口のスイングドアもろとも外に投げ出された。
「あ、兄貴ぃぃぃぃ!」
ドギー弟は吹き飛ばされた兄に駆け寄るべく、ギルドの外へ出ていった。
「……あーあ」
猫目の男はギルドの入り口に目を向けて感嘆の声を上げた。
それは吹き飛ばされてしまったドギー兄に対する憐れみのようにも聞こえたが、すぐにそうではないことがわかった。
「……弁償だぜ? あのドア」
彼の言う『あのドア』とは、ドギー兄と共に吹き飛び、砕け散ったギルドのスイングドアのことである。
初老の男は「ゲッ!」と唸った。
続け様に、今度は色黒の男が口を開く。
彼は相変わらず脚を組んで座ったままだったが、それでもわずかに不機嫌そうな声色で言う。
「……ちなみに、俺の親父はマトマの出身だ」
そこで初老の男は、先ほどの自らの発言を思い出す。
『マトマ? ……ああ、あのチンケなゴロツキどもが集まるちっちぇー村の事か』
「――!?
カッカッカッ! そりゃあ悪かったな!」
謝罪の意を述べながらも朗らかな笑みを絶やさない初老の男。
しかし、最後にペネットが、笑いながらも怒気を含ませた声で言う。
「タケさん、困りますよ。
今回の任務は唯でさえ人手不足なんですから」
「……あいや、すまねぇ」
この初老の男は『タケさん』と呼ばれているようだ。
流石にペネットのこの一言には、タケも申し訳なさそうに肩を落とした。
(――『他人に背中預けんじゃねーよ』、か)
マルヌスの耳には、タケがドギー兄弟に言い放ったその言葉が残っていた。
(きっとあのタケさんと呼ばれた人もまた、歴戦の猛者なのだろう)
そしてマルヌスは思った。
彼が長年の戦いの中で辿り着いた答えが、さっきの言葉に詰まっていたのだろう、と。
すると、まるでタケの言葉を上書きするかの如く、整然とした声がマルヌスの耳に飛び込んできた。
「私はそうは思いません」
顔を上げてそちらを見れば、いつの間にかネストがマルヌスの隣に立っていた。
彼はタケの方を見据えながら、それでも確かにマルヌスに語りかけるように言ったのだ。
「……そうだね!」
少しの間の後に聞こえてきたのは、ネストの言葉に同意するリジエの声。
彼女はネストに横顔を見つめながら、優しく微笑んでいた。




