第128話 緊急任務(4)
「三人とも、学園は休んできた……んですか?」
リブだけならともかく、その後ろに立つマリーさんとオレガノさん達にも視線を向けた結果、なんだか煮え切らない敬語になってしまった。
「ああ。サーロン様からの緊急任務だったからね」
「そうなんだよー、急に言われるからビックリしちゃったよー」
オレガノさん、マリーさんの順で帰ってきた答えに、俺はなるほどと思った。
確かに彼女達であれば、リブの側に付き添う者としてはピッタリかもしれない。
でも、護衛を務めるからには、それだけでは物足りない。いざという時にリブを守れるだけの実力が必要だ。
つまり、マリーさんもオレガノさんも、共にサーロンから実力を認められた人達なのだ。
その点については、少し驚きもした。
しかし……サーロンめ。
愛娘を可愛がるあまり、その学友まで巻き込むとは。
それで良いのか、おい。
と、呆れたのも束の間、俺はふとある疑問を抱いた。
確かにこの緊急任務には、強いハンターの存在が不可欠である。さらに、多くの人員を投入する必要がある。
そういった意味では、人手不足なベキャットの街に、ギルドランキング9位という確かな実力が保証されているリブが派遣されてきたとしても不思議はない。
その一方で、この任務が発令されたのはつい先程である。
それも、俺たちがナリルピス岳から下山し、ロザリアさんに報告を終えて――さらには、ロザリアさんが、ロータスにあるギルド本部と連絡が取れてから下されたもの。
ロータスからベキャットに来るまでには、最低でも丸二日はかかる。
緊急任務が発令されてから向かって来たのでは、今この場にリブ達がいれるはずがない。
つまり、リブ達は緊急任務のためにここに来たわけではない、ということになる。
なら、学園を休んでまで、一体なぜここに……。
俺の様子を見るや、むふふと嫌らしい笑みを浮かべるマリーさんは、口元に手を添えながら話し出した。
「ふっふーん。不思議そうだね?
なんでリブちゃんがここに来たのか。
実はねぇ――」
「――ちょっと、マリー! いいの!
こいつが知る必要はないわ!」
それを口早に遮るリブ。
「こいつって……」
「とにかく! 私達もその緊急任務、参加するわ!」
話の流れを切る様に、リブが大きな声でそう言い放つ。
すると、後ろのマリーさんは肩を落とした。
「えー? 緊急任務からの緊急任務ぅー?」
そんなマリーさんをすかさず宥めすかすオレガノさん。
「そう嫌な顔しないの!
聞いたでしょ? 人手が必要だって」
そんな彼女達のやり取りに、ペネットさんは軽快な笑い声をあげた。
「ほっほっ! これはありがたい。
リブ様とその御付きの方々に参加していただけるとは。
願ったり叶ったりですな」
ロザリアさんの顔色も少し明るくなった様に見える。
一方で、ただ一人、浮かない面をぶら下げている俺。
そんな俺に向かってリブはぶっきらぼうに訊ねてくる。
「――で、あなたはどうするつもりなの?」
……俺に残された滞在日数はあと二日。
そうしたら、俺は再び二日かけて、ロータスに戻る。
たった二日しかない、と取るか。
二日もある、と取るか。
――決まっている。
「俺も、行かせてください」
ここまで来て何も掴めず、手ぶらで帰ってたまるか。
俺の脳裏には、次元の扉に飲み込まれていったアレックスの姿がこびり付いていた。
***
「私達は街の宿に泊まるので、失礼するわ」
そう言ってギルドを後にしたリブ、オレガノ、マリーの三人。
先頭を歩くのはオレガノ。
街の地図を見ながら歩いていたオレガノだったが、後ろを歩くリブの方にちらりと目を向けた。
リブの雰囲気が幾分柔らかくなった。
その事に安堵しながら、リブの変化の理由に心当たりのあったオレガノは、それについて触れてみる事にした。
「よかったね。マルヌス、元気そうで」
オレガノにそう訊ねられたリブは、数日前の十位会談の光景を思い出す。
『本来、お前が速やかに仕留めておかなければならないだろうが……!』
『お前はギルドランキング10位を背負っておるのだ。
その事を、ゆめゆめ忘れるでないぞ!』
『……俺は、お前の力には、もっと色々な可能性が満ち溢れていると思うんだがなぁ』
マルヌスが言われていた言葉。
それを受け、見るからに落ち込んだ様子だったマルヌスの姿。
リブは正直、心配していた。
心の落ち込みは、迷いを生み、判断能力を鈍らせる。
その僅かな隙は、刹那的なやり取りが繰り広げられる狩場においては命取りになりかねない。
十位会談の後、マルヌスがナリルピス岳に発ったと聞いた時、リブは最悪の想像をした。
ただでさえ強力な魔物が蔓延るナリルピス岳。
そこに今のマルヌスが行き、少しでも隙を見せれば――。
『お父様、私もナリルピス岳に行かせてください!』
リブがサーロンにそう提言するまでに時間はかからなかった。
――元気そうでよかった。
「ええ。そうね」
オレガノの問い掛けにそう答えるリブの顔は笑っていた。
それは本人が思うよりも遥かに穏やかで、優しい笑みだった。
そんなリブの顔を覗き込んだマリーは、悪戯っぽく笑う。
「何その顔ー? リブちゃんにそんな顔させるなんて……なんか妬いちゃうなー」
「なによ、それ」
すぐに笑みを消し、リブは口を尖らせた。




