第12話 編入試験(3)
***
猿のような魔物、か。
……いる。いるにはいるが……。
広場から見えていたなんらかの建物の角を曲がった先で、俺は自らの目を疑いたくなるような光景を目の当たりにした。
猿、猿、猿……。
ざっくりだが、目測で五十匹はいるだろうか。
それぐらいの大量の猿が、建物のヘリ、木の上、ベンチ、噴水の縁、モニュメント時計の上、至る所にいるではないか。
さらに不気味なことに、猿達はまるで自分たちを追ってくる者を待っていたかのように、全員がこちらを見ていた。
そして俺の姿を確認すると、全員が同時にニヤリと笑った……気がした。
あー。なんか作為的なものを感じるな……。
最初こそ驚きはしたものの、この猿達の不自然な挙動に、逆に落ち着いてきた。
そんな俺の心中など知る由もない猿達は、依然余裕の笑みを浮かべている……気がする。
一瞬の沈黙の後、「キーー!」と甲高い声を上げる猿が一匹。
視界の中で一番高い所、モニュメント時計の上でふんぞり返って座っている奴だ。
その声を合図に、数十匹の猿が一斉に俺に襲いかかって来た。
――あいつがボス、だよなぁ。
俺は手を前に突き出し、ボスと思われる猿に向けて魔力を放った。
風を切り、ねじれた大気の様に進むそれは、次第に収束し、やがて小さな氷弾になる。
そしてそれは、俺に向かって駆けて来る猿達よりも早く、ボス猿の額に直撃した。
勢いよく後ろに吹っ飛んだボス猿が地に落ちる。
それを皮切りに、他の猿達もドサドサッと力無くその場に崩れ落ちた。
かと思えば、猿達の身体はボロボロと崩れ、土の塊となった。
「土……魔物じゃない?」
「見事だな」
猿達の様子を不審に思う俺の後方から、落ち着いた声色の女性が声をかけて来た。
振り返ると、先ほど髪留めを奪われたと涙声で訴えかけてきた女子生徒が腕を組みながら立っていた。
その堂々たる立ち姿は、先程までの弱った様子を微塵も感じさせない。
口調までまるで違うではないか。
「すまないな。あれらは『クレイドール』。
編入試験用に私の魔法で作った土人形だ」
そう言ってゆっくりとこちらに歩み寄って来る女子生徒。
綺麗なプラチナブロンドの髪と、透き通る様な白い肌。
端正な顔立ちで微笑しながら近づいて来るその様は、ひときわ妖艶な雰囲気を放っている。
黒いタイツで包まれたスラリと伸びる細い足。
それらが交互に前後する、それだけなのに、それすらも妖艶で……。
――くそ。また変態みたいな事をッ!
「私は『アルテア・スノウ』。
ポポロミート学園の生徒会で会長を務めている。
今回の編入試験の手伝いを依頼されてしまってね」
フッと笑うアルテアさんは、同年代とは思えないほど大人っぽく落ちついている。
というか、他に試験官の様な者が見当たらない。
……手伝いの域を超えているんじゃないか?
それ程までに教員達からの信頼が厚い、と言えば聞こえはいいが、果たしてそれでいいのだろうか。
「まず第一に、クレイドール達に対抗できるだけの魔力」
組んだ腕を解き、人差し指を立てた。
それに合わせて説明を始めたアルテアさん。
続けて二本目、中指を立てる。
「第二に、集団を統率する者を見破るセンス。
今回はあえて、核となる一匹を倒せば全員が崩れる様に作っていた。
そこに辿り着くまでの討伐数なども選考の基準にするつもりだった」
なるほど。ボス猿を倒しただけで周りの猿達が一緒に崩れたのは、そういう事か。
先程の光景に納得している俺を満足気に見ながら、アルテアさんは三本目の薬指を立てる。
「そしてなにより、困っている人に手を差し伸べられるか、そんな人間性の部分も見させて貰いたかったのだ。
まさか君一人しか駆けつけてくれないとは思わなかったがな。私の演技が甘かったのだろうか?」
いやいや、迫真の演技でしたよ、と心の中で思っていると、アルテアさんは「何はともあれ」と切り出し、さらに続ける。
「私は是非、君に編入してもらいたい。
この後先生方とも話し合うが、きっと良い結果を報せるよ」
そうして、俺の編入試験は終了した。
……帰りは馬車が無かったので、歩いて帰る。
っていうか今思い返すと、アルテアさん、キャーって言ってたな……。