第117話 次元の扉(1)
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空を見上げて息を呑むリジエ。
そんな彼女の元でその身を横たえていたネストもまた、上空に突如として現れた謎の大穴に、驚きを隠せなかった。
「……あれは、一体……!?」
目を見開き、上体を起こそうとするネスト。
そんな彼の様子に気付いたリジエは、再び視線を落とし、ネストに語りかける。
「ネスト! まだ動いちゃダメ!」
「ですがリジエ! 感じるでしょう!?」
ネストは鬼気迫る顔でリジエの制止に意を唱える。
リジエもまた、ネストの言わんとしている事がわかっているようで、顔を青くしながら、再び空を仰ぎ見た。
「……うん。あの大穴の先、嫌な感じがする」
ネストは上体を起こした。しかし今度は、リジエもそれを止めることはない。
ネストは眉間に皺を寄せ、鋭い眼光で空を睨む。
「魔法使いじゃない私でもわかります。
すさまじい魔力が漏れ出している……。
それも、ただの魔力ではなく――禍々しい魔力が!」
――ちょうどその頃。
「……いてて」
頭に手を添えながら、ゆっくりと体を起こすマルヌス。
彼は先程、オオサメゴンの咆哮に吹き飛ばされ、体を強く打ちつけてしまい、ほんの数十秒だけ気を失っていた。
「マルヌスくん! 大丈夫!?」
「はい。……なんとか」
リジエの呼びかけに反応したマルヌスは、先程までと比べて辺りが薄暗くなっていることに気付き、何の気なしに空を見上げた。
薄暗さの原因は、空に現れた謎の大穴によるもの。
太陽の光が遮られ、まるで日食が起こったような風景。
――そんな空に浮かぶ、一組の影。
「アレックス!!」
謎の大穴に驚いたのは勿論の事、そこへ向かって飛び去ろうとするオオサメゴン――そして、それと共に行くアレックスの姿に驚き、マルヌスは叫んだ。
そんなマルヌスに応えるように、遥か上空からアレックスが自慢の大声を張り上げた。
「おぉぉいッ! 小僧ぉぉぉ!
ここまで来て、こいつを逃がす手は無ぇ!!」
リジエに抱かれるように支えられながらも、アレックスの叫びが聞こえたネストは、考えを巡らせる。
「……逃げる……。そうか!
あの先は、『オオサメドン』の逃げ帰ろうとする先に繋がっている、と。
アレックス様はそう判断したのですね!」
(……オオサメドン……)
マルヌスとリジエは、ネストが言った魔物の名前を心の中で復唱した。
ネストが『オオサメドン』と呼んだのは、アレックスが『オオサメゴン』と名付けた魔物のこと。
意識も絶え絶えの中、アレックスの名付けの下りを耳にしていたネスト。彼はどうやら、聞き間違えて覚えてしまったらしい。
マルヌスとリジエは、真顔で、冷静に言い放ったネストの顔を見れずにいた。
そして、口をついて出そうになった突っ込みをグッと堪えて飲み込んだ。
それに対して突っ込むのは、今じゃない、と。
「――ってことは、もしかして……?」
リジエは逸れかけた思考を即座に戻し、ネストに問いかける。
「……ええ。オオサメドンや、足元に転がっているサメドン達は、明らかに『外来の魔物』です。
おそらく、あの不気味な大穴は、彼等が元々生息していた場所に繋がっているのだと思います」
――アレックスの意見には、マルヌスも同意だった。
オオサメゴンは突然、逃げの姿勢に転じた。おそらく、弱っていることは確実。
ならば、ここまできて、オオサメゴンを逃したくはない。
オオサメゴンは、このナリルピス岳の生態系を狂わせる存在であることは間違いない。
強力な幻獣種がオオサメゴンに住処を追われ、山の下方に降りて来れば、それだけベキャットの街への脅威が増える。
ひいては、ロータスの街への脅威が増えるということになる。
やはり、オオサメゴンは倒しておくべき存在である。
マルヌスは真剣な面持ちで、アレックスの次の言葉を待った。
――遥か上空にいるアレックス。
彼には、マルヌスのそんな表情が見えていたとは思えない。
それでも、まるでその顔が見えているかのような気持ちの昂りとともに、アレックスはニヤリと笑った。
そして大きく口を開いた。
「そこからでいい! こいつの頭を撃ち抜けえええ!」




