第11話 編入試験(2)
リブの乗った馬車を見送ってから五分ほどの時間がたった。
その僅かな間に色々な人がこの広場を訪れた。
ほとんどは通学中の生徒で、ただ通過するだけだったが、数人はこの広場に留まった。
彼らも俺と同様、編入試験の受験者だろうか。
いずれも学園の制服は着ておらず、そわそわと落ち着きがない。緊張している様子が手に取るように伝わってきた。
彼らの緊迫した面持ちに息苦しさを感じた俺は、少し離れた所にちょうどいい木陰があるのを見つけ、その木の幹に寄りかかりながら編入試験が始まるのを待つことにした。
ここであれば、他の受験者たちと近すぎず遠すぎず、何かあれば気付けるだろう。
そして、受験者たちが十人程集まった頃。
「きみ、いいもの持ってるね?」
不意に後方から声をかけられた。
少しだけ首をそちらに向けると、学園の制服を着た女子生徒が、俺の寄りかかる木の幹の反対側から顔をのぞかせていた。
俺と目が合い、ニコッと微笑んだ女子生徒は、ぴょこっと俺の隣にくる。
「君のカバンからさぁ、いい匂いがするんだよねぇ」
明るめの茶髪のミディアムヘアに、屈託のない笑顔が印象的なこの子は、くんくんと鼻をひくつかせている。
俺のカバンに入っているものといえば……あ。
カバンからおもむろに包みを取り出す。城の料理長から受け取った弁当だ。
しっかりと包まれているので、さほど匂いは漏れていないはずだが。
弁当を見るなりキラキラと目を輝かせる女の子の姿に、俺はこの言葉を言わざるを得なかった。
「……いる?」
「いいの!?」
食い気味に訊ねてくる美少女に対して、ここで拒否できる男子はいないだろうな、と思う。
もれなく自分もそのうちの一人であると認識させられながら手にしている包みを差し出した。
「――ごめんね。今日寝坊しちゃって朝ごはん食べてなくて。そういえば今日、編入試験なんだねー」
モリモリと唐揚げを頬張る彼女にそう言われて、自分が今日編入試験のために来ていたことを思い出した。
出会って間もなく、これといった会話もしていないが、それほどまでに和まされてしまっていることに驚くとともに、そこに彼女の魅力を見た気がした。
初対面でも壁を感じさせない気さくな性格。芝生に座り込み小さな口を目一杯あけてご飯を頬張る飾らない仕草。
食い意地が張っているように見えるが、そのイメージに反してスラッとした体型。
スカートから伸びる足は短めのソックスにより露出が多めだが、そこに下品ないやらしさはなく、健康的な印象を受ける……。
ってまた俺、変態みたいなことを――
「キャーーー!」
突然、広場に女の子の悲鳴が響き渡った。
すぐにあたりを見回すと、少し離れた所で一人の女子生徒が頭を抱えてうずくまっていた。
「どうしました!?」
慌てて駆け寄ると、女子生徒は涙目で口を開く。
「私の髪留めが……小さな……猿みたいな魔物に……。
どうしよう。おばあちゃんから貰った大事な髪留めなのに」
再び辺りを見回す。
それらしい魔物の姿はない。
代わりに他の受験者達が視界に映ったが、皆女子生徒の悲鳴には気付いているものの、動こうとする者は一人もいないようだ。
「……どっちへ行ったか見ましたか?」
「……あっちに」
俺は女子生徒の指差す方へ走り出す。
「おーい! 編入試験はどうするのー!?」
遠くで弁当少女の声がする。
「すぐ戻るって言っといて!」
俺は足を止めず簡単にそう返した。
「言っといてって……ホームルーム始まっちゃうから、私もそろそろ行かなきゃなんだけどー!?」