第102話 アレックスが往く(5)
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「……ふう」
マルヌスが一息つくと同時に、まるで憑き物が落ちたかのように彼の全身から力が抜ける。
そんなマルヌスの様子を見ていたアレックスは、「ふふん」と小さく鼻を鳴らすと、近くに転がっていたゴブリンの亡骸に歩み寄った。
マルヌスが仕留めたゴブリンの亡骸は、アレックスが大斧で豪快に斬り伏せたものとは異なり、原型を綺麗に留めていた。
出血量も少ない。
額に空いた小さな風穴は、氷弾の弾速による摩擦で、うっすらと表面が焼け焦げていた。
「……相変わらずはオメーもじゃねぇか。
こんなチマチマした小賢しい魔法なんか使いやがって。
いつになったら『マザーみたいな大魔道士』になるんだよ?」
「う、うるさいな! まだ練習中なんだよ!
今だってお前に呼び出されてなかったら、学園で猛特訓中だってのに……(ぶつぶつ)」
アレックスの言種に、マルヌスは口を尖らせて悪態をつく。
しかし当のアレックスは、自らの言葉とは裏腹に満更でもなさそうな笑顔を浮かべていた。
実際の所、アレックスはマルヌスが初級魔法を使おうが、上級魔法を使おうがどちらでも良かった。
さして興味がないのだ。
大事なのはあくまで『結果』。
今回の例で言えば、自分達の行手を阻むゴブリン達を一掃する、という結果が重要であり、そこに至れれば良い。
そこに至れるのであれば、例えそこまでの過程がどれだけ無様であっても、アレックスにとってはどうでも良いのだ。
そういう意味で、先程のマルヌスの活躍は、アレックスが望んでいたものであった。
百点満点。
かといって、それを素直に口に出来るほど、アレックスは大人ではなかった。
――年齢は既に良い大人だが。
尤も、今回のマルヌスの一斉射撃による討伐は、決して無様とは言えない手法である。
初級魔法のみを行使し、全ての標的を一撃で撃ち抜いた――これは、魔法使いとしては最小限の魔力消費で済んだという事。
つまり、むしろこれ程までにスマートな討伐もない、と言える。
一方で、初級魔法しか使えない事をコンプレックスとして捉えているマルヌスからすれば、この偉業もたちまち見え方が一変する。
『こんな手法でしか討伐ができない』という考え方になってしまうのである。
「てゆーかお前、リジエさんに謝れよ!
お前のせいでリジエさんとネストさんの連携が乱れたんだぞ!?」
「あぁ!?
……あ、あんなゴブリンどもの細腕じゃあ、俺様に傷一つつけることはできなかっただろうぜ!」
「それは関係ねーだろ!
それに、なんだその間は!
お前、内心、悪いことしたなって思ってんだろ!?」
「うるせー! 生言ってんじゃねーぞ小僧!」
「……なんかさ。兄弟みたいだね、あの二人」
アレックスとマルヌスの言い争いを見て、リジエがポツリと呟く。
出会った当初から感じていた事だったが、アレックスとマルヌスが会話する時の口調は、決して丁寧では無い。
相手への気遣いもなく、むしろ粗暴。
それでも伝わってくる、二人の間にある不思議な信頼関係。
「……そう呼ぶには、あまりに歳が離れすぎている気がしますが」
ネストがそれ以上言うことはなかったが、仮にその言葉に続きがあったなら、リジエに同意する言葉であったことは間違いない。
***
目に見えるゴブリン達は、マルヌスの魔法で一掃された。
しかし、未だ隠れているゴブリンは数匹いるものと思われる。
時たまガサゴソと揺れる茂みからは、マルヌス達の様子を伺うような視線が感じられた。
「……だめだ!」
そんな中、突然、アレックスが声を上げる。
アレックス自身は、ふと気付いた事があって声が漏れてしまっただけなので、特段大きな声を出したつもりはなかった。
しかし、周りはそうではなかった。
思わずビクッとなるマルヌスとリジエ。
――そして、隠れているゴブリン達。
「な、なに!? いきなり!」
リジエは驚きながらアレックスの方を見る。
アレックスは何やら神妙な面持ちで、眉間に皺を寄せていた。
「俺の方が10ポイント足りねぇじゃねぇか!」
(……10ポイント?)
その場にいたアレックス以外の三人は、言葉の意味がわからなかった。
しかしアレックスは、そんな三人の事などお構いなしに続ける。
「こうしゃいられねぇ! 俺はもっと大物を探してくる!
俺様クラスになるとやっぱり、数より質だからな!
負けねぇぞおおおッ!」
そう言い放つと、「おおおお!!」と雄叫びを上げながら、三人をその場に残して勢いよく駆け出した。
そして、最後に吐き捨てるように――
「ちなみに言っておくが、ソイツを倒しても精々、5ポイントくらいだからな!」
「……5ポイント? さっきから一体、何のことを――」
駆けていくアレックスの背に、届くことはないと理解しながらも、そう問いかけるマルヌス。
しかしそれを言い切る前に、アレックスが進んだのとは違う方向の奥の木々が、ガサガサッと大きく揺れた。
「……おそらく、ですが。
マルヌス君の方がアレックス様より十匹ほど多くゴブリンを倒している事から、『10ポイント足りない』と仰ったのではないかと。
そして、5ポイントというのは――」
ネストは揺れた木々の方をしっかりと見据え、槍を構える。
彼の視線の先。
そこから、木々を押し退けるようにしてこちらに進んできたのは、大柄な魔物。
「――あれの事かと」
ゴブリンの上位種――ゴブリンキングが、三人の前に姿を現した。




