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第100話 アレックスが往く(3)

「……んあ?」


 間抜けな声を上げるアレックス。

 そんな彼の後頭部を狙うゴブリン。


 リジエは急いで杖の先をアレックスの方に向けた。

 直後、アレックスの後方に防御障壁が展開される。



 ――ギィン!


 アレックスの後頭部へ振り下ろされたゴブリンの棍棒は、リジエが展開した防御障壁に弾かれた。



(間に合った!)


 リジエは額に汗を滲ませながらも、アレックスが無傷だった事に安堵した。


 しかし。

 そんな一瞬の隙を見逃さなかったゴブリンがいた。



 そのゴブリンは、リジエ達三人の(そば)に伸びていた背の高い木の上から、眼下で行われている攻防を観察していた。



***



(魔術師の女。

 そいつが作った『光の壁』。

 それがあると近寄れない。


 もしも力づくで突っ込んだら。

 弾かれてバランスを崩す。

 そうしたら、あの槍の男に貫かれて死ぬ。


 ――でも。

 今は、あの忌々しい『光の壁』は消えている。

 そして、魔術師の女は向こうを向いている。

 あの大男の方を。

 こちらへの注意が緩んでいる。

 

 ――つまり。

 今がチャンスだ)



 ギラリと怪しく光っていた目が、弧を描く。


 ゴブリンは、立っていた枝を蹴って飛び降りた。

 眼下に突っ立っている人間達を殺す。そのために。



(――狙うなら、まずはあの魔術師の女か。

 女はいい。肉が柔らかい。


 子供もいい。肉が柔らかい。


 ――そうだ。

 ひょろっこい男のガキを狙ってはどうだろうか。

 あいつは――ガキか?

 ガキと呼ぶには、成長し過ぎているか?


 ――だが。

 あのガキを殺した時、魔術師の女はどんな反応を示すだろうか。

 女の悲鳴。それもいい。


 恐怖に歪んだ女の顔と、耳をつんざく金切り声。

 大好物だ。

 俺達ゴブリンはみんな、それらが大好物だ。


 魔術師の女の悲痛な叫びを聞けば、さぞ仲間達の士気も高まる事だろう。


 それでこいつらに勝てたら。

 今日の勝利は、オレのおかげってことになる。

 そうだ――今日の英雄は、オレだ!)

 



「――リジエ! 上ですッ!!」


「ッ!? しまった!」


(槍の男がオレに気付いた。

 続いて、魔術師の女も。

 だが、もう遅い。



 オレの武器は棍棒なんて芋くさい物じゃない。

 鋭く研いだ爪と牙。それがオレの武器。


 これからオレが取る行動はシンプル。

 降りていく勢いそのままに、真下にいるガキの頭に自慢の爪を食い込ませる。

 そしてそのまま、奥の茂みに引っ張り込む。

 とどめはその後、ゆっくりさせばいい。


 そのガキの亡骸を、あの魔術師の女に見せてやるのだ。


 ……いいや、深追いは禁物か。

 一撃食らわせたら、一旦退こう。

 それでも、こんなひょろっこいガキにとっちゃあ、馬鹿にならないダメージのはずだ。


 オレの自慢の爪の味……とくと――)



「……?」



 今、この場で脅威となりうるネストとリジエから目線を外したゴブリンは、ある疑問を抱いた。


 それは、ターゲットである少年――マルヌスの姿を再び視界に入れた瞬間である。



(……なぜ?

 なぜこのガキは上を向いている?

 なぜこのガキと、オレの目が合うんだ?


 なにより。

 なぜこのガキは、オレに狙われていることを知りつつ、恐れていないんだ?

 冷静な目でオレを見据えているのは、なぜなんだ?)



 始まりは、ふとした疑問。

 しかし少年の様子を見れば見るほど、連鎖的に疑問が湧いてくる。

 ――考えても、決して答えのわからない疑問が。



 マルヌスの目。それは恐ろしく冷たい目。

 厳しい野生を生き抜いてきたゴブリンは、本能的に身を震わせた。



(――今のは、恐怖?

 ……なぜ。

 なぜオレが恐れているのだ!?)



 ゴブリンが木の上から飛び降りて、真下のマルヌスに到達するまでの時間は、ほんの一瞬。

 しかし、そのほんの一瞬の間に、ゴブリンは様々なことを考えていた。


 通常ではあり得ないほどに、思考が加速する。

 ――まるで死の直前の光景が、スローモーションに見えるかのように。



(このガキ、なぜオレに向かって手を掲げているんだ?

 その手元に浮かべているのは――氷?


 ……なんなんだ、それは?


 オレに向かって放たれようとしている、その氷の結晶はなんなんだああああーーッ!!?)




 ――バスンッ!


 軽い破裂音。

 同時に、(ひたい)に軽い衝撃。

 全身の力が抜け、後方に吹っ飛ぶ。



(……みんな……このガキが、一番ヤバいぞ……ッ!)


 仲間達にそれを伝える事も叶わず、ゴブリンは意識を手放した。



***



「……相変わらずだな、アレックス」


 高速の氷弾でゴブリンの額を撃ち抜いたマルヌスは、昔を懐かしむようにアレックスに語りかける。


 そんなマルヌスの様子を見て、アレックスは満足そうに目を細めて口を開いた。



「ああ、俺様は昔っから、こういう()()()()()()は嫌いでよ。

 細かすぎてイライラしちまうからな!」


 アレックスは手にしていた大斧を、再び背に担いだ。

 まるで、『もうこの場では使う事がないだろう』と悟ったかのように。



「こういうチマチマした奴らの相手はお前の仕事だろう?

 ――なあ、小僧?」

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