第10話 編入試験(1)
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「これで良し、と」
チュンチュンと小鳥の鳴き声が響き渡る、爽やかな朝。
ロータス城の料理長から受け取った弁当をカバンに詰め終え、部屋を出る。
昨日、謁見の間での会話の後、この城の一室に案内された俺は、そこで一夜を明かした。
元々、今回の件が解決するまで、家には戻らないつもりだった。
サーロン達との連携の都合上、逐一ブロル山と城を往復するのは現実的ではないだろうと思っていたからだ。
当初は城下町の宿に泊まるつもりだったが、「すでに部屋を用意してある!」というサーロンの言葉に甘えるかたちとなった。
正直、宿代が浮くから助かる。
確か城を出たところに馬車を用意してくれているって話しだったな。
それで学園まで送ってくれるというわけだ。
至れり尽くせりだな。
ええと……あれか。
御者のお兄さんに「お願いしまーす」と声をかけつつ馬車に乗り込むと――。
「……お、おはよう……」
こちらに目を合わす事なく、ぎこちない挨拶をしてくるリブの姿があった。
「お、おう」
思わぬ不意打ちにこちらも変な返事になってしまった。
そうか。リブも同じ学園に通っているんだった。
……いきなりナイフが飛んでくる方がまだマシな反応ができたな。
六人くらいが乗れそうなサイズの馬車。
その端に座るリブ。
俺がその対角に腰掛けたのを確認すると、御者は馬車を発進させた。
ゆっくりと進む馬車。軽快な馬の足音と適度な揺れが心地よい。
窓枠に片肘をついて外の景色を眺めている……風を装い、チラッとリブの姿を見る。
ポポロミート学園の女子生徒の制服をピシッと着こなし、俺と同じように窓の外を眺めているその姿は、悔しいがとても絵になっている。つーかまつ毛ながっ!
スカートからスラリと伸びる白い足と黒いニーハイソックスのコントラスト。
その足を組む姿は、気品と色気が絶妙なバランスで共存して……。
って、俺変態みたいじゃ――
「……なによ?」
わっ! 俺の視線に気づいてたのか!
こちらを一瞥することも無くぶっきらぼうに言い放つリブに、ビクッと体を震わせてしまったが、何事もなかったかのように脳をフル回転させて話題を探す。
「……いや……。昨日は見事だった。
サーロンに負けてなかったぜ」
咄嗟に昨日の十位会談での出来事を思い出した。
俺の放った氷弾を即座に両断したリブ。
結果は同じだが、ただ弾いたサーロンよりも鮮やかな対処だったと言える。
「……生意気ね。私一応、貴方より一つランキング上なのよ。
ついでに言うと、歳もね」
「そーでしたね先輩」
「――マルヌ様! 間もなく到着いたします!」
御者の声に辺りを見渡す。
そこは、綺麗に整備された芝生が広がる運動場のような広場。
確かに学園の敷地のようだが、まだ校舎のような建物までは距離がある。
馬車で入れるのはここまでなのか?
程なくして止まった馬車から「よっ」と降りる。
……あれ? リブが降りてこない。
「降りないのか?」
俺の問いかけに、きょとんと不思議そうな顔をするリブ。
「何言ってるの?
私は校舎の前まで乗ってくけど、あなたは今日、ここで編入試験でしょ?」
はぁ? 編入試験?
「……今日から学園生活スタートの気満々だったんだけど」
「……昨日も聞いたでしょ?
ポポロミート学園は優秀な学生が集まるの。
試験もなく、編入できるわけないじゃない。
大体貴方、制服も教科書も、まだ無いでしょ?」
……言われてみれば、それもそうか。
ぽかんと口を開けながらもなんとか納得しようと頑張る俺をよそに、御者はピシッと手綱を弾き、馬に進めと合図した。
「まあ貴方なら楽勝よね?
魔弾の射手さん?」
リブはそう言って悪戯に微笑みながら、馬車に揺られて去っていった。