第1話 リブが征く(1)
――ギルド。
それは薬草集めから魔物退治まで、幅広い依頼を請け負う事を生業とした者達が集う職人組合。
中でも人に危害を加える魔物退治の依頼は後を立たず、腕に覚えのある戦士達が組合員の大半を占める。
ギルドに所属する者達は皆それぞれに長けた能力があり、彼等の強さを単純に比較する事など、到底できるものではない。
それでも各人の実績や評判から、独自の指標でそれらを推し量り、順位付けしたものがある。
通称――『ギルドランキング』。
***
――なんで私が行かなきゃいけないの!?
不満をぶつけるように、足元に転がる木の枝をパキパキと乱暴に踏みつけながら、山道を進む。
そもそもおかしな話なのだ。
ギルドランキング9位の私がこんな簡単なクエストをやっていること自体。
コウモリ型の魔物、クレイジーバット5頭の討伐。
こんなの、駆け出しの冒険者がちょっと苦労しながらもギリギリ達成できる程度のもの。
私からすれば――準備運動にもなりはしない!
腰に差した剣を一気に引き抜き、振り下ろす。
隙をついたつもりでしょうけど――無駄よッ!
後方から飛びかかってきた一匹のクレイジーバットを一瞥することもなく斬り伏せた私は、それがボトリと地に落ちた音を聞くと、剣の血をぬぐい鞘に収めた。
「……お見事ッ!」
そう言ってパチパチと手を叩く男が二人。
私の少し後ろにいる彼らは、一応、私の護衛らしい。
「流石はギルドランキング13位にして、『剣聖・サーロン』の御息女『リブ・ステイクス』様!
鮮やかな太刀筋でございました!」
「9位よ!」
銀の鎧で身を包む彼らは、お父様の部下。
お父様の指示で私についてきている。
一方で、私もまた、お父様の指示でこのクエストを受けているのだけれど。
――私のお父様、『剣聖・サーロン』といえば、誰もが知る英雄。
12年前の魔王討伐部隊のメンバーで、その剛腕と華麗な剣技で魔王討伐に大きく貢献したとして世界中から讃えられ、ギルドランキング2位の地位についた。
あ、今は1位だったわ。
とにかくすごいの。
私の憧れ――なのに。
まさかこんな簡単なお使いを頼んでくるなんて!
今年で18歳になるというのに、まだ子供扱いなの!?
***
「クレイジーバットの討伐?」
「ああ、さっきギルドに用があってな。
ついでに依頼を受けてきた。
リブちゃんなら楽勝だろ?」
そう言って白い歯を見せるお父様に、私は湧き上がる不満を隠す事なく口を開く。
「……お父様、私を見くびりすぎではありませんか?」
「そうか? だが、どんな依頼でも油断は禁物だぞ。
特に慣れてきた時にはな。
それと、一緒にこれを頼みたいんだ」
お父様はそう言って、一通の封書を私に差し出した。
「この依頼でブロル山に行くだろう?
そこの山頂に住む男にこいつを届けて欲しいんだ」
「え、山頂まで行かなきゃいけないのですか!?」
クレイジーバットの討伐だけならばそこまで行かなくても済むのに。
「仕方ないのだ。奴は人里離れたところが好きなんだと」
「……何者なんですの? その物好きな男は」
「名前だけならリブちゃんも知ってるよ」
そう言ってお父様はニヤリと笑った。
「――『マルヌ・スターヴィン』。
ギルドランキング10位の男だ」
***
マルヌ・スターヴィン――当然知っている。
12年前の魔王討伐部隊のメンバー。
つまり、お父様の旧友ということになる。
凄腕の魔法使いで、特に『速射』に長けていたという。
速射とは、早い話しが『魔法形成から発射までが速い』ということ。
基本的に魔法を使う者は、手や杖などの魔法形成媒体で魔力を練って魔法を形作る。
それが完了すると、標的に向け発射する。
その性質上、魔法を発現してその恩恵を受けるためには、攻撃にしろ防御にしろ、多少なりともタイムラグが生まれる。
だから魔法使いは後衛に回ることが多く、前衛を張る剣士などと組んで戦うことが多いと聞く。
速射に長けているというのは、そのタイムラグが極めて少ないということ。
それだけでもかなり強力なスキルになると、素人ながら予想できる。
まあ私は魔法は使えないし、剣専門だからよくわからないけれど。
とにかく、マルヌ・スターヴィンの名前は有名だ。
名前だけは。
実のところ、公になっている情報はそれくらいなのだ。
年齢も容姿も不詳。
私も会ったことはないし、この山の頂上に住んでいるということも、さっきお父様から聞いたばかり。
ギルドランキング10位。
これも怪しいものだ。
魔王討伐部隊の一員だった、という過去の栄光だけがその地位の理由ではないかと、私は疑っている。
今回、ある事をきっかけに私のギルドランキングは13位から9位になった。
しかし、マルヌ・スターヴィンは以前から『不動の10位』なのだ。
まるで永久欠番ではないか。
――実は大して強くないのではないか?
私は努力でランキングを勝ち上がってきた自負がある。
周囲の大人たちは口を揃えて『剣聖の娘だから』と言うが、そんなことは関係ない!
認めさせるんだ。私の実力を。周りの大人たちに。
そして、お父様に……。
それなのに……。
そうだ。きっとこのイライラは、簡単なクエストに対してでも、それを私に任せたお父様に対してでもない。
お父様の旧友でも構わない!
私がその化けの皮を剥いでやる。