07悪役令嬢、とりあえずお茶を楽しむ
私はもう何度も聞かされた否の返答に心が折れはじめていた。
許されるのであれば目の前にあるこの高価な茶器に入っている美味しすぎるお茶をかけてやりたいところだが、残念ながら私にはその度胸はまだない。いや、そろそろそれくらいのことをしなければならないのではないだろうか。私に残された時間はもうわずかしかない。手段など選んでいる場合なのか。
でも、さすがに不敬罪は家族にも迷惑がかかりそうだ。とりあえずお茶をかけてやるという手はなるべく最後まで取っておくとしよう。
とりあえず私はそのお茶を飲む。良い香りがささくれていた気持ちを少しだけ和らげてくれた。おかげで冷静さを取り戻せた。
「妃にしたいなどと・・・なぜおっしゃられるのかお聞かせくださいませ。」
「おかしなことを聞くね。理由なんて一つしかないよ。・・・僕が君を愛しているからだ。」
ああ、嘘だ。そう思った。
この人はまるで息をするように簡単に嘘をつけるのだ。
そして、感情の無いこんなにも薄っぺらい『愛している』という言葉であしらえる女だと思われたことに腹が立った。
お兄様の知る物語だと私は殿下のことが好き過ぎるが故に破滅するらしいが、そんなことは絶対に起きないと思う。だってこの人には心が無さすぎる。こんな人を好きになるなんて絶対に無い。
私は思わず笑ってしまいそうになるのをお茶を飲むことでごまかした。
「・・・恐れながら殿下。わたくしの記憶では殿下がわたくしに興味を抱いていただけるほど交流があったとは思えないのですが?」
「うーん、そうかなぁ。僕としてはこまめに手紙を送っていたつもりなんだけど。」
「こまめ・・・」
たしかに手紙は何通かいただいたことがある。3ヶ月に一度届くかどうかではあったけれど。私の感覚ではこまめというのは10日に一度くらいのものなのだが、忙しい殿下からしてみればこの間隔でもじゅうぶんこまめになるのだろう。ちなみに内容はいつも当たり障りのない季節の挨拶程度のものだ。
「君はあまり返事を送ってはくれないけれど、僕は毎回楽しみにしていたよ。」
「え?わたくし毎回返事を出しておりましたけど・・・。」
毎度変わり映えのない内容だったとしてもさすがに返事は出していた。でも、政務に追われる殿下にはたくさん手紙も届くだろうし、何通かはそれに紛れて無くなってしまったのだろうか。
「そういえば、プレゼントも身につけてくれないよね。あまり好きなデザインじゃなかったかな?」
「あれは身につけるものなのですか・・・!?」
手紙と共にたしかにプレゼントもいただいた。木彫りの不思議な模様の置物である。ちょっと呪われそうな感じでけっこう怖い。いったいどこで手に入れるのかよくわからないが毎回ちょっとずつデザインは違うものの、用途のわからない置物だと思っていた。とりあえず部屋の隅に置いているが、侍女たちもかなり気味悪がっている。あれを身につけるのは結構勇気がいると思うのだが、私が知らないだけで今はあれが流行りなのだろうか。
「・・・愛しい婚約者殿、なんだか君と僕との間には何か行き違いがある気がしてならないんだけど。」
「そうでしょうか?」
殿下は何かを思案するそぶりを見せた。そしてしばらくしてほんの一瞬だけ表情がすとんと抜け落ちた。私がぎょっとしたとたんにいつもの笑顔にもどった。
「ごめんね、愛しい婚約者殿。僕はちょっと用事を思い出したからこのへんで失礼するよ。君はせっかくだからゆっくりお茶を楽しんでいって。」
席を立つ殿下に私も慌てて席を立ち、礼をした。
突然どうしたんだろう。
まあ、いいか。とりあえずお言葉に甘えてお茶を楽しむことにしよう。
あ、結局婚約破棄承諾してもらえなかった・・・。
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ムーンダスト王国第一王子、ジオハルトは婚約者を残したまま席を立った。婚約者のリンスレット公爵令嬢がジオハルトを訪ねてくることは滅多にないので貴重な時間だったが、真っ先に確認しなければならないことができた。彼女との会話の中であることに気付いたからだ。
「レオン。」
「はい、殿下。」
婚約者から自分の姿が見えなくなる位置まで来てから側近を呼ぶ。
「今すぐエドワードを呼べ。」
「・・・エドワード・リンスレット様でしょうか?」
「そうだ。僕の愛しい婚約者殿の兄君であるエドワードだ。今すぐ、至急、何を差し置いてでも来いと言ってくれ。」
ジオハルトは地を這うような声でそう言った。
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