26悪役令嬢、祖父とお茶を楽しむ
ふうっとため息が漏れる。
お兄様に殿下との結婚を回避する方法を相談したかったのだが、なぜか昨日飛び出して行ったまま帰ってこない。お父様も朝早くに出られたし、お母様は大事を取って今日も休まれている。誰にも相談できず、かといって気晴らしに出かけることもできず私はサロンでひとりひとり手持ち無沙汰になっていた。
「ずいぶんと辛気臭い顔をしておるな。」
突然声をかけられ驚いて振り返る。そこに立っていたのはブラッド・アヴァンス伯爵、おじいさまだった。
「おじいさま!」
おじいさまは少し日に焼けたがっしりとした体格で実際の年齢よりもずいぶん若く見える。本人は衰えたと言うが、いまだに若い軍人や騎士たちを悠々と打ち負かしてしまうほどの体力と腕がある。国の英雄と称されているのも当然だろう。
「おお、イヴ。元気そうで安心した。こないだの殿下の宣言でお前がどうしているか心配してたんだぞ。」
「ええ・・・すごく驚いたけれど、今のところお父様からは特に何も話してもらえないし・・・殿下からも呼ばれていないから実際のところ状況は変わっていない気がします。」
「そうか・・・。」
おじいさまは複雑そうな表情で私の頭をなでてくれた。
「それよりおじいさま・・・急にどうされたんですか?」
「エドに用があるから時間をくれと言われたんで来てみたんだが・・・あいつはおらんのか?」
「お兄様が・・・?なんの用だったのかしら・・・。実は昨日出かけてからまだ戻ってきてないんです。」
「ん?なんだ、あいつは一晩留守にしておるのか?」
「はい・・・。」
おじいさまは少し考え込んだあと、ふむふむとなにかに納得しソファーに腰かけた。
「そのうち帰ってくるだろう。しばし待つとするか。じじいの相手をしてくれるかい?イヴ。」
「もちろんですわ、おじいさま。先日の帰還式典でもほとんどお話できませんでしたし・・・。ちょうど美味しいお菓子もありますの。」
「おお、いいな!」
甘いもの好きのおじいさまの目が輝く。放っておくと食事を甘いもので済ませてしまおうとするので家ではおばあさまがかなり厳重に取り締まっているようだが今日くらいはいいだろう。お茶とお菓子が準備されるとおじいさまは真っ先にクリームたっぷりのシュー菓子をほおばった。
「そういえばおじいさま・・・先日の帰還式典の招待客の件で無理なお願いをしてすみませんでした。」
「うん?ああ・・・ベラが頼んできた件か?あれはどういう意味だったんだ?リストにねじ込んだあの親子が例の騒ぎの渦中にいたと聞いたが・・・。」
「ええと・・・それはうまく説明できないんだけど・・・。」
お兄様の前世の話などを私がするわけにはいかないのでとりあえず濁しておく。そもそもあの作戦は成功したわけではなく、むしろ状況は悪化したと思う。彼女たちを殿下に引き合わせない方が良かったのでは、と考えたりもしたが今さらどうしようもない。
「殿下の側近からもなぜ招待したんだと聞かれたな。適当にごまかしておいたがの。」
「え、そうだったんですね・・・。ご迷惑おかけしました・・・。」
「かまわんさ。こっちは好きにリストを作れと言われたからやってるんだ。問題があるならちゃんと事前に確認して帰還式典の前に抗議してこいって言ってやった。」
「おじいさま・・・お強い・・・。」
がははと豪快に笑うおじいさまに私は苦笑する。おそらくおじいさまが王家にも発言力を持っているのは五大名家の当主だからとか総督だからとかではなく、この誰にでも物怖じしない性格のおかげだと思う。
「にしてもあの親子はひどかったらしいな。儂はちょうど騎士の連中につかまっておって見ておらんかったが。」
「・・・多少無礼な振る舞いをされてましたけど、ご令嬢は治癒魔法が使えますし、魔力の保有量も多いようですから王家には必要な存在だと思うのですが・・・。」
「たしかに治癒魔法は伝説級の固有魔法、喉から手が出るほど欲しい人材だろうに。・・・なるほどな、お前たちがあの親子を招待したがったのは、娘が治癒魔法を使えると知っておったからだな?治癒魔法を持つ娘が現れれば殿下はその娘を妃に選ぶと踏んだわけか。周囲からもお前よりその娘を推す声が上がれば、お前との婚約は破棄されると。」
私は思わず息をのんだ。おじいさまは僅かな手がかりからあらかた意図をくみ取ったようだ。伊達にいくつもの修羅場をくぐってきていない、勘が鋭い。さすがに、殿下が彼女に恋に落ちる筋書きがあるので私たちがその場を用意した、とまではさすがに予想できないだろうが。
「なかなかいい案だな。出だしは多少しくじったみたいだが、挽回できるかもしれんぞ。儂も協力してやろう。」
「え?」
「話す機会でも増えれば殿下もその娘を見る目が変わるかもしれんしな。ちょいと手をまわしてその娘が殿下に会う場をつくってやろう。うまくいけば大してもめることもなくイヴが殿下と結婚せずに済むかもしれん。」
「おじいさま・・・!ありがとうございます!」
「任せておけ。可愛い孫娘を王家に取られるわけにはいかん。儂のしょうもない肩書はこういう時のためにあるんだからな。」
しょうもない肩書というのは、武力の頂点である『総督』のことかそれとも五大名家『アヴァンス伯爵』のことか。どちらにしても多くがひれ伏すような肩書であるが。それをしょうもないと言ってのけるおじいさまはさすがだ。
「あ、もしかしたら・・・。」
私はふと気が付いた。お兄様の用というのはもしかしたらこれだったのかもしれない。おじいさまの人脈を使ってもう一度彼女を殿下に引き合わせたかったのではないか。
勝手に納得した私はおじいさまに感謝しつつ共にお茶を楽しんだ。




