25悪役令嬢、帰宅する
「お兄様、入ってもいいかしら?」
屋敷に戻るとエリザを伴ってお兄様の部屋を訪ねた。ちなみにルークには屋敷のみんなにお菓子を配りに行かせた。くれぐれも余計な話はせずにお菓子だけ配るよう言っておいたが、妙に元気よく返事をしていたので心配しかない。
「どうぞ。」
中からお兄様の返事が聞こえたのでドアを開ける。
「先程、街でお菓子を買ってきたの。一緒にどうかしら・・・って、お兄様・・・どうしたの、この有様は・・・。」
私は足を踏み入れようとして思わず立ち止まってしまう。お兄様の部屋の中はものすごく乱れていた。床には紙屑が大量にばらまかれており、テーブルもソファーも紙と本で埋まっている。一枚拾って見てみたが知らない言語で書かれており私には一文字も読めない。
「・・・新しい言語のお勉強?何語なの?」
「前世で使ってた言語だよ。ちょっと頭を整理させたくて書きなぐってただけだ。・・・それより、街に行ってたって?だめじゃないか。今お前の立場は微妙なんだから何かあったらどうする。」
「ちゃんとお母様に許可は貰ったわ。それに護衛としてルークも連れて行ったし・・・すぐに帰ってきたもの。」
「それでも危ないから今後はしばらく外出はしないこと。」
「はあい・・・。」
私はため息交じりに返事をした。お兄様はテーブルとソファーの上だけ片付け(荷物を床に移動させただけだが)、私に座るように促した。エリザがさっとテーブルを拭いてお菓子を置きお茶の準備をしに行った。
「母上は部屋で休んでいるらしいな。」
「ええ。ここに来る前にお部屋へ寄ってみたけれど、眠ってらっしゃるみたいだったわ。」
「昨日はいろいろあったからな・・・。あとで僕も様子を見に行ってくるよ。」
「お兄様こそ体調は大丈夫?あまり眠っていないんじゃ・・・。」
「これからのことを考えてたらなかなか眠れなくてね・・・。」
お兄様の目の下には隈ができている。もしかしたら一睡もしていないのかもしれない。
「お兄様は・・・私と殿下が結婚すると思う?」
「・・・このまま何もしなければそうなると思う。」
「・・・何をすれば回避できるの?」
「・・・それを考えている最中だ。」
「そう・・・。」
私たちの会話はいったん途切れる。エリザがお茶を私たちの前に運んできてくれたからだ。気持ちを切り替えるようにお兄様は私が買ってきたマドレーヌを手に取る。
「美味しそうだな。」
「評判のお菓子屋さんみたいよ。いろいろな種類があって選ぶのもとても楽しかったわ。」
「へえ。ほかにもどこかに寄ってきたのか?」
「あとは・・・少しだけ公園を散歩したけれど・・・。」
「公園?」
お兄様が顔をしかめる。危ないことをするなと言いたいのだろう。私はあわてて弁明する。
「小さな公園を一周しただけよ。ほら・・・昔一緒に遊んだことがあるでしょう?生垣に囲まれた公園。」
「ああ・・・あそこか。」
「それに・・・たまたま殿下の近衛騎士の方とお会いして護衛をしていただいたから。」
「殿下の近衛騎士・・・。」
「ええ。昨日殿下からのプレゼントを渡してくれた方。今日は非番だったみたいで偶然お会いしたの。」
「昨日の騎士って・・・まさかギルバートか!」
お兄様の手からマドレーヌが転げ落ちる。かなり驚いているようだ。昨日はそんなそぶりを見せなかったのでギルバート様の名前を知っているとは思わなかった。だが、私よりも殿下と会う機会の多いお兄様ならどこかで出会っていても不思議ではない。
「ギルバート様のこと知っていたのね。」
「え・・・!ギルバート様って・・・名前で呼んでるのか!そんな親しくなったのか?」
「親しくというか・・・非番なのに騎士様とお呼びするのもどうかと思ってお名前で呼ばせていただいただけよ。ご本人からも許可は頂いたし・・・。あとは少しお話をしただけで・・・。」
また手の感触を思い出してしまいそうになり、とっさに首を振る。すると思わぬところから爆弾を投下された。
「お坊ちゃま!お嬢様は親しいどころか恋をされたんですよ!騎士様に!」
「ちょっ・・・!エリザ!何を言うのよ!」
「こ・・・・恋ぃぃぃぃ!?」
エリザはにまにまと笑いながら絶句しているお兄様に報告をし始めた。私は急いでエリザの口をふさごうとするがするりとかわされてしまう。
「お嬢様ったら騎士様のことを思い出して顔を赤められたり、どきどきされたりしていたんですよ!お名前をお呼びするのだって特別に思っていらっしゃるからですわ!ふふふっ・・・今のお嬢様は完全に恋する乙女です!」
「エリザ!いい加減にしてちょうだい!そんなんじゃないと言ったでしょう!」
「ええー?絶対そうですよぅ!」
「違うってば!」
まったくエリザときたら!馬車の中であれだけ誤解だと説明したのに。
私とエリザが言い合っているとおもむろにお兄様が立ち上がった。
「お・・・お兄様?」
「・・・まさか・・・そんなパターンが・・・。」
「え?何か言った・・・?」
「こうしちゃいられない・・・!!!ちょっと出かけてくる!!!」
「えええ?」
お兄様は血相を変えて部屋を飛び出していった。残された私たちはポカンとする。
「出かけるって・・・どこに・・・?」
私の問いかけは勢いよく閉められたドアの向こうには届くはずもなかった。




