01悪役令嬢、回想する
なぜこんな状況になったのか。いったいどこまで話を遡ればいいのだろうか。
私、イヴ・リンスレットはムーンダスト王国の貴族であるリンスレット公爵家の長女として生まれた。
お母様ゆずりのプラチナブロンドにはちみつ色の瞳を持つ私は生まれた当初からとにかく可愛がられ愛されていた。
大きな屋敷に優しい両親、大好きな兄。そう、私は何不自由なく幸せに暮らしていた。
ところが、私の人生に最初の波風が立つ。
物心もつかないようなわずか3歳のときだ。私はこの王国の第一王子である天使のような容姿のジオハルト・ソライエル・ムーンダスト殿下の婚約者に抜擢されたのだ。
2つ年上の殿下はお兄様と同じ年齢で当時5歳。幼いころから婚約者が存在するのは珍しい話ではないが、私の立場は微妙だった。というのも、本来私は殿下の妃にふさわしい立場ではない。貴族としての位は高いが、いわば高すぎるのだ。
リンスレット公爵家は王国創設当初から国と王家を支えてきた歴史ある血筋で、現在の当主であるお父様も陛下の右腕として宰相の地位に就いている。そんな家柄から未来の王妃を出してしまっては公爵家の力が大きくなりすぎてしまう。そうなれば必然的にほかの貴族たちからは批判や不平の声が上がるだろうし、内乱が起こる可能性もある。
リンスレット公爵家は一族そろって出世欲もなければ野心家でもないので当然無用な争いを避けるため私と殿下を近づかせる気など毛頭無かったはずだ。それなのに何故私が婚約者になったかというとそこには大人の事情というものがあった。
王家は大切な殿下に変な虫がつくのもうるさい虫が群がるのも嫌で、公爵家は大切な娘に毎日山のように届く婚約の申し入れに辟易していた。
そこで利害が一致してしまったというわけである。
幼い殿下と私がそれ相応の年齢になるまで婚約者とし、ふさわしい相手が見つかるまでの間お互いの露払いをしようと。
いずれは解消されるであろう婚約だということは周知の事実だったかもしれないが、一応表立って婚約を迫ってくるような愚かな連中はいなくなったので貴族は見栄を張るイキモノなのだなぁと感心したとお父様は笑っていた。
殿下の方もリンスレット公爵家が後ろ盾になっていることでずいぶんと立場が盤石になったようで、お互いに利のある婚約ではあった。
だが、話はこれで済まない。
本来であれば殿下の成人の儀のタイミングで私達の婚約は解消されるはずだった。だが、なんだかんだと理由が付け加えられなぜか延期になった。
リンスレット公爵家の面々は首をかしげながらも、『まあ、イヴのデビュタントのころには解消されるでしょう』とのんびりと構えていた。
ところが、私のデビュタントのエスコートは殿下で、相変わらず婚約者の扱いだった。
これにはさすがにリンスレット公爵家の面々は焦りはじめた。
もう私は結婚適齢期で、嫁ぎ先の候補もできているというのに肝心の婚約解消がされない。しかも相手は王家なのでこちらから婚約破棄はできない。何度も申し入れをしたがのらりくらりと躱される。
一向に進まない婚約解消、時だけが過ぎていく状況ににしびれを切らしたのはお兄様だった。
それが1ヶ月ほど前の出来事である。