三話 妹と世界の二択を迫られたら秒で妹と答える程度にはシスコンな自覚がある
現実の話
ゲームの話は次話からです
朝。時刻は八時半。
目を覚ました俺は、朝食を食べていた。因みに自作な。
親父とお袋はすでに仕事に行っている。社畜って程ではないが、毎日忙しそうだよなぁ。社会に出たら、俺もああなるのかね?
……まぁ、このコミュ障をどうにかしないと、社会に出ることすら困難だろうケド。ニート? 両親に申し訳ないし、何より妹にゴミでも見るような目で見られたくないから却下。
「は? 私の兄であろう者が、ニート? 冗談にしてもたちが悪いのです」って言われちゃう。そうなったら、俺の心はガラス玉よりあっけなく砕け散るだろう。
あっ……想像しただけで、ちょっと心が痛い……。涙がでそう……。
「ふぁあ……おはようございます、兄さん。……って、なんでそんなに苦しそうなんです!?」
「…………あぁ、智璃、おはよう」
自爆的に負った精神ダメージに、ダイニングテーブルでがっくりと項垂れていた俺の前に、件の妹――真凪智璃が姿を見せた。
さらさらとした黒髪は腰まで伸び、利発的な輝きを湛えた瞳はきらびやかな漆黒。中学一.五年生十三歳にしては大人びた、それでも十分幼さの残った顔立ち。
桃色のパジャマに包まれた肢体は年相応のなだらかなモノだが、むしろそれが彼女の儚い雰囲気を助長し、妖精のような神秘性のある美しさを演出している。
俺を気遣わし気に見てくる智璃の視線に、「なんでもない」というように手を振り、そのままぐっとサムズアップ。
「…………今日も可愛いな、マジ可愛い。世界一可愛いぜ、我が最愛の妹よ」
「……それ、毎日毎日言ってて飽きないんですか?」
「…………毎日毎日言ってやろう。飽きない」
ちょっと顔を赤らめてジト目を向けてくる智璃の可愛いこと可愛いコト。ほら、頭撫でてあげるからこっちおいでー? ……え? 嫌だ? あ、そう……。
しょんぼりする俺をほっといて、智璃は俺の隣の席に腰を下ろし、いただきますをして朝食を食べ始めた。
目玉焼きに醤油をかけて、パクリ、もぐもぐ、ごくん。智璃の頬がふにゃりと緩む。
「ん~~、今日も美味しいですね、兄さん」
「…………別に、誰が作っても同じだろう。こんなの」
「そんなことないですよ。兄さんが私の為に作ってくれたんですから、その分が美味しさにプラスされていますので」
得意顔でそんなことを言う智璃に、たまらずそっぽを向いた。う、うれしいコト言ってくれるじゃん? まぁ、その程度で動揺する俺じゃないけどな?
「兄さん、耳、真っ赤ですよ?」
……妹には叶わなかったよ(即落ち二コマ)。
悪戯っぽく、この世の何よりも愛おしく、子猫よりも愛らしい笑みを浮かべる智璃。
心に抱えた一抹の悔しさと、溢れんばかりの愛情を込めて、俺はその頭にポンッと手を置くのだった。
……あっ、今回は嫌がらないんですね。まったく、兄を喜ばせるのが上手い妹ですこと。
その後は、無言の食事タイム。箸を動かす音、僅かに食器が触れ合う音がする程度の静寂が流れる。
俺は基本的に話すのが得意じゃないし、智璃もどちらかと言えば物静かなタイプだ。
なので、俺と智璃が一緒だとこういう状態になることが多い。
俺的にはこの沈黙は嫌じゃない。気の置けない相手との静謐は、言葉がなくても『分かり合えている』感じがするから。
他人とは作り上げることが出来ない。家族という、当たり前でありながら特別な関係の相手だからこそできるそれに浸っていると、ひどく安らげる。日々メンタルを酷使している俺にとっては、この上ない癒しだ。
その癒し空間は食事が終わるとともにタイムリミットを迎えた。
箸をおき、ご馳走様、と同じ一緒に手を合わせた後、智璃は「そういえば」と前置きを零し、俺の方を見た。
にこり、と笑みを浮かべ、けれどその瞳はこれっぽっちも笑っていない。
「兄さん兄さん、ゲームは楽しいですか? 可愛い妹をほっといて遊ぶゲームの感想をどうぞ?」
あれ、智璃ちゃんもしかして怒ってるー?
いや、違うんよ? 別に智璃をないがしろにしたとかそう言うアレではなく。そもそもゲームで遊んでるわけじゃなくて、コミュ障を克服するツールとして利用しているだけなの。
高校生活ももうちょっとで始まるし、それまでに俺のコミュ障を治しておきたいんだ! 今度こそ普通の青春を送るために……!
と、いうことを智璃に時間をかけて説明する。うん、妹相手ならコミュ障が発動することないけど、基本的な会話能力にも問題があるから、長文の文章を口にするのに非常に手間がかかる。
だがまぁ、そこは伊達に俺の妹を何年もやっていない智璃である。俺のクソ雑魚スピークなんぞお手の物。ふんふんとすぐに理解してくれる。持つべきものはコミュ障に理解のある妹、はっきり分かんだね。
俺の話を聞き終わった智璃は、目が笑っていない笑顔をジト目に変えて、一言。
「兄さん、馬鹿なんですか?」
「…………がふっ」
俺の心に痛恨の一撃。メンタルのヒットポイントは瞬く間にレッドゾーンに……!
「いや、コミュ障克服にゲームって普通に意味不明ですから。何をどうすればその結論にたどり着くんですか? ちょっと私には理解できませんね」
「…………いや、人じゃないから簡単かな、と」
「人に限りなく近い、と謳われている次点で、兄さんには荷が重いと思いますよ?」
「…………いや、まぁ」
確かに、あんまり上手く行ってる気がしないけどね!?
意思疎通は出来てるんだよ。頷いたり、ちょっとした身振りとかでこっちの言いたいことはある程度伝わるし?
ただ、会話がマジでない。いやもう、本気でない。
アリーゼさんの指示とか信者さんの話をただただ聞いては頷くだけのマシーンと化しているからね。
返事をしようにも、信者さんの入れ代わりが早過ぎて、覚悟を決めることには次の人になっちゃってるし……。
そっと目を逸らすと、智璃は「はぁ~~~」と呆れまくりなため息を吐く。
そして、俺の顔を掴み、強引に動かして顔を見合わせる形にした。ちょっ、首ゴキッ! って言わなかった!?
「兄さん」
「…………はい」
何を言われるのかと戦々恐々としている俺に、智璃は真剣な表情を向けてくる。怒ってるようにも見えるけど、瞳の奥に見える感情は……えっと、不満?
「なんで、私を頼ってくれないんですか? 中学の頃は、私で練習してたじゃないですか!」
おっと、想定外の不満をぶつけられたぞぅ? なんでって……何時までも妹にやってもらうのが情けなくなったから?
「兄さんが情けないのなんて知っています。今更です」
「…………智璃、俺を傷付けて楽しいか?」
「私は事実を言ってるだけですよ? それより、私は納得が行っていません! まるで、私がゲームよりも役に立たないみたいじゃないですか!!」
智璃は、表情にはっきりと不満をのせて声量を上げる。そして、一転して不安げな表情になると、ぐいっと顔を近づけてた。
「それとも……私じゃ、ダメ、なんですか? 兄さん……」
黒水晶の瞳は潤み、決壊寸前のダムといったところか。対応を間違えれば、涙がぽろぽろと零れ落ちるだろう。
……妹を泣かせるとか、兄失格もいいところだ。何とかしなければ。
とりあえず、智璃の頬に手を添え、じっと瞳を覗き込む。
「兄さん?」
「…………とりあえず、えいっ」
「うにゅっ? にゃ、にゃにふるんでふかっ!」
おー、伸びる伸びる。やわっこいなぁ、智璃のほっぺは。
うにうにと妹のほっぺを弄んでいると、ジトォとした目で智璃が抗議してくる。
すまんすまん、と謝りつつ、俺は智璃の頭をポンポンと軽く叩いた。
「…………別に、智璃が役立たずなんて思ってない」
「で、でも、兄さんはゲームの方がいいんでしょう?」
「…………違う。ただ、智璃は特別だから。『他人』と話す練習にはちょっと向いてない。それだけだ」
「ふぇ、と、特別!?」
家族は、俺が唯一コミュ障を発動せずに話すことが出来る相手だからな。そりゃあもう特別よ。
内心でうんうんと頷いていると、目の前にある智璃の顔がみるみる内に真っ赤になっていき、アワアワと慌てだした。
「と、特別って、兄さん……そ、そんないきなり……」
「…………どうした、智璃?」
「だ、大丈夫ですよ!!? な、なんでもないでしゅ!」
「…………そ、そうか」
……あんまりそうは見えないけど、本人が言うならそうなんだろう、多分。
っと、そろそろログインする時間だな。さっ、今日も今日とて教会の天使様になってきますかね!
俺、今日こそ、会話を成功させて経験値を貯めるんだ……!
「…………じゃ、俺はそろそろ行くぞ」
「むー……まぁ、いいです。でも、ちゃんと私にも構ってくださいよ?」
「…………ああ、分かってる」
頬を膨らましている智璃に、小指を差し出す。それだけで俺が何をしたいのか分かったのか、智璃は二コリ微笑んで俺の小指に同じように小指を絡めてきた。
「はい、約束ですよ!」
「…………ああ、約束だ」
窓から差し込む朝日よりもよっぽど眩しい笑顔につられて、俺も小さく笑みを浮かべるのだった。
「……ところで、ゲームではどんな活動を? やっぱり、戦ったりするんですか?」
「…………いや、信仰対象になってる」
「どういうことですか!? わけが分かりませんよ!?」
うん、俺もどうしてこうなったかよく分かってない。
読んで下さりありがとうございます
明日も更新できるように頑張ります