二話 人混みにコミュ障を放り込んだ結果、偶像崇拝が始まりました
本日二話目ですー
……もう、ゴールしても、いいよね?
MMOにログインして、かれこれ三十分。
俺は、完全にグロッキー状態だった。
頭の中はぐっちゃぐちゃ。こうして現実逃避気味に何かを考えるだけで精いっぱい。声は出せないし、何なら身体すら動かない。
そして、石像みたいになっている俺の周りにいるのは、人、人、人……数え切れないほどの、人の群れ。
十や二十じゃ聞かない。百や二百、下手したらそれ以上の数が、俺を中心にして群がり、その全員が地面に頭を擦り付けて平伏している。
なんかそれだけ聞くと、俺が一騎当千の猛者っぽく聞こえないこともないけど、確実に受けているダメージが一番大きいのは俺である。
精神的なダメージは『いちげきひっさつ』級。もう気を失った方が楽な気もするけど、それはそれでめんどくさいことになりかねないから却下だ。
え? 何が起きてるか全くわからないって? 安心してほしい、俺にもよく分かっていない。
この状態になるまでに起こったことを簡潔に説明すると、こうなる。
俺、ログイン。最初の街の広場に召喚されたっぽく現れる。
中世ファンタジーっぽい石造りの街並みを眺めつつ、広場から人がいなくなるのを待つ(めっちゃ人いた、動けん)。
NPCらしきおじいさんが、俺を見て顎が外れんばかりの大絶叫。めっちゃ注目されて精神が死にそうになる。
おじいさんNPCが何やら喚きだし、いつの間にか俺の周りにNPCの人の包囲網が出来上がる(何故か皆涙を流していた。怖い)。
NPCさんたちに先導され、なんか荘厳で神聖っぽい建物に連れていかれる(アーリティア聖教会って聞こえた気がする)。
その建物の広間っぽいところ(壁画とか天井画が綺麗でした)の中央にある、台座のような場所に乗せられる(なんか発光する石で造られてた)。
広間にぞろぞろとNPCが入ってきて、俺を見ては涙を流し平伏しだす(マジで怖い)。
気が付いたらこの人数に(いやもう本当に怖い)。
…………いやいやいや、本当に何? え? 何? 何がどうなってこうなった?
ザ・ワー〇ドとキング〇リムゾンを同時に食らったくらい分からんのだが? だが?
さっきから頭の中で『?』が大量発生しすぎて、そろそろ埋まりそうなんだけど!!?
……と、トニカク何か情報を。
周りの人たちから、何か分かることはないか……?
「ありがたやぁ……ありがたやぁ…………」
「おお、神よ……この奇跡に感謝いたします……」
「まさか、ワシが生きとる間に、お目にかかることが出来るとは……。向こうに行ったら、死んだばあさんに自慢せんとなぁ……」
「感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝ァ……!」
何の成果も……得られませんでしたァ……!!
なんだこれ。なんでみんな俺を拝んでんの? ここにいるのは唯のメンタルクソ雑魚コミュ力皆無ドクソ陰キャ(趣味、部屋の窓から見える電柱を眺める)だぞ?
拝んでも何もいいコトないはずなのに……マジで、どういうことなの?
誰か、誰か説明を! 声に出せば一発かもしれないけど、大人数前にしてコミュ障発動して何も言えなくなっている俺の内心を汲み取って、この状況を説明してくれる優秀な人材をモトォム!!!
……って、そんな都合のいい人いるわけな――
「――――お待ちなさい、皆さま。天使様が困惑されております」
い……いたぁああああああああああああああああああ!!?
俺のことを救ってくれそうな人! 救世主! メサイア!!
人混みをかき分けて俺の方にやってきたのは、シスター服に身を包んだ金髪碧眼の女の子。
ザ・シスターって感じの清楚な美少女さん。すらっ、としてスタイルも良くて、何というか理想の女性って感じ。
なお、胸は慎ましい。
「…………天使様?」
おっと、なんかシスターさんが形容しがたい目つきでこちらを見ていらっしゃるが、俺は余計なことなんて何も考えていないので、知らんぷりをする。え? 知らんぷりも何も、話せねぇから黙ってるだけだろって? ……ほっとけ。
ところで、天使様ってもしかして俺のこと?
俺が内心で首を傾げていると、シスターさんは俺の前で跪き、そっと胸の前で手を組みお祈りのポーズ。
神聖な雰囲気が良い感じにシスターさんの魅力を引き上げてるけど、そのポーズはなんか意味あんのかね? とりあえず、真似してみよう。ナムナム。
「……ッ! おお! 天使様が聖女様の祈りに反応しなさったぞ!!」
「素晴らしい! 流石はアーリティア聖教会が誇る聖女アリーゼ様! 創造神アーリティア様の眷属たる天使様と交信なさるとは……」
「ありがたやぁ……ありがたやぁ……」
「感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝……」
さっきから感謝以外の言葉を忘れとるヤツおるな????
いや、そうじゃなくて。なんか説明臭い台詞を吐いてくれた人がいたよな。えーっと、何だっけ。
創造神アーリティア様の眷属が天使で、この人たちはその神様を崇拝する宗教の信者さん達ってことかな? で、このシスターさんは聖女様……と。
……まてよ? つまり俺って言うのは、この人たちにとっては神の使徒的存在……ってこと? だからこんなに拝んでるの? 俺が神の使徒って……似合わねぇにも程があるなぁ。
そんなことを考えていると、お祈りポーズから顔を上げたシスターさんが、二コリと笑顔を浮かべた。
うぐっ、その人へ笑いかけることに慣れたリア充スマイルはコミュ障にはこうかばつぐん! 動悸が激しくなってきたぜ! 無論、恐怖でな!! リア充、コワイ。
「ようこそいらっしゃいました、天使様。ワタシはこのアーリティア聖教会で聖女の位を頂いているアリーゼと申します。この度は我らの教会へおいでくださり誠にありがとうございます」
まるで俺が自分の意志でここに来たような言い方するね、君? 勘違いしないで欲しいんだけど、無理矢理だからね?? ドゥーユーアンダースタン???
って、言いたいけど! ここで俺のとくせい、『こみゅしょう』が発動! 口が動かない!
「不躾ではありますが、天使様。我々の願いを聞いていただけないでしょうか?」
願い? いや、俺の種族は確かに天使だけど、中身は唯のコミュ障ぞ?
俺に出来ることなんて、精々誰かと会話しようとして相手を怖がらせるくらいなんだが?
とりあえず、勘違いだということを伝えないと……つ、伝え…………伝えられないねぇ! だって会話できないもん!
内心で「どうしよう! どうしよう!」と慌てていると、シスターさんがつらつらと話し始めた。
「今、この世界には『大いなる災厄』が訪れています。闇の勢力たる邪神とその眷属たちが世界を滅ぼそうとしています。それに対応するために、創造神アーリティア様は異界より神の加護を持ち、何処までも強くなる不死の存在『漂流の使徒』を遣わしました。……といっても、天使様は創造神アーリティア様の眷属なのですから、すでにご存じだと思いますが」
初耳だと思いますが? 思いますと言うか、初耳だわ。
つーか、ふむふむ? これがゲームのストーリーなのか。へー、これぽっちも興味なかったから知らんかったわ。
で? そのご存じない情報を俺に聞かせて何をさせたいんだ? と、いう感情を込めて首を傾げる。
え? 誤解を解かなくていいのかって? あっはっは――――諦めたに決まってるだろう? 数百人に囲まれた状態で、話す勇気があるとでもぉ!!???
一周まわって頭真っ白になったから、かろうじて身体は動くようになったけど……うん、とても誤解を解くほどの弁舌が出来るとは思えない。
あ、シスターさん? 続き話してー? 催促するように、自分の膝をぺしぺし。
シスターさんはこくりと頷き、口を開く。
「ワタシどもの願いは――この街の人間に、加護を授けて欲しいのです。『漂流の使徒』様たちが素晴らしい力を持っているのは知っていますが、ワタシどもが何もしないワケにはいきません。しかし、ワタシどもは弱い。魔物相手ならば兎も角、邪神の眷属には到底かないません。しかし、天使様の加護があれば、貧弱なワタシどもでも『漂流の使徒』様たちの助けに成れると思うのです!!」
シスターさんめっちゃテンション高いやん? 目ぇ見開いてて若干怖いんだが。
それで、えーっと? よく分からんが……俺はその加護とやらをすればいいんか?
で、加護って……あっ、そう言えば、ステータスにそんなものがありましたねぇ。
確かこうして……ステータスを開いて……説明を開いて……おっ、出来た出来た。ええと、何々?
『加護(下級下位):他者に加護を授けることが出来る。加護を受けた者は何かしらいいコトが起きる。効果は一日』
何 か し ら い い コ ト が お き る 。
曖昧! すっごく曖昧!! え? こんなのをかけて欲しいの?? うーん、期待外れとか言われないだろうか?
あっ、そっか。とりあえずこの場で実践してみればいいのか。
もし違ったら、その場で放り出されるのかな? ……ん? この状況から抜け出すには、それが丁度いいのでは?
よし、ならさっそく試して、ダメでしたーってなることを祈ろう。
それで、スキルを使うには……説明説明。あ、音声入力……あー声を出せと? ふーん。そっかー、声かぁーふーん?
……いや、ここでやらねば、何時まで経っても本来の目的を達成できない!!
さっさと役立たず認定してもらって、コミュ障克服への道に戻るのだ!
気合を入れろ、俺!! いけるいける。大丈夫。お前は出来る子。やればできる子なんだ!! もっと自己肯定感を高めて!! 俺は出来る俺は出来る俺は出来る俺は出来る俺は出来る俺は出来る俺はデキル…………いよぅし!!!!
なけなしの根性を振り絞り、俺はシスターさんをじっと見つめる。そして、彼女に向かって手を翳した。
「あ、あの……天使様?」
不思議そうな顔をしているシスターさんに向かって……とりゃあああああああああああッ!!!!
「………………………………………………………………かぁ……ご…………」
「な、なんて……きゃぁ!」
お? なんかシスターさんの頭上に光るボール状の何かが!
しばらくふわふわしてたそれが、一際強い光と共に弾けて……おお! 無数の光の粒になった! なんか、蛍の大群みたい。
蛍モドキはシスターさんの身体に纏わりつき、やがて吸収されていった。
おー、上手くいった……のか? 発音クソ雑魚ナメクジだったから、ダメかと思ったが……何となったみたいだな。
……いやでも、あの発声は無い。
なんだあれ。ほとんど声になってねぇじゃねぇか。毎日発声練習しては妹に「うるさいですよ!」って怒られてる意味意義必要性は何処? 不甲斐なくて涙がでるぜ。
「こ、これは……!!」
おっ、シスターさんびっくり顔。これはやっぱり失敗みたいだなー。
ほかの人たちもシーンとしてるし、これはもう確定ですわ。勝ったな、教会から追放されてくる(キリッ)。
ほら、俺を追い出していいんだよー? 追放とか最近流行ってるみたいだしー? 俺全然ざまーとかする気ないカラー。
はい、つーいほう! つーいほう! つーいほう!
「加護です……!! ああ、神聖な力がワタシを包み込んで……!! 天使様、ワタシどもの願いを聞いていただけるのですね!!!」
…………あれ? あれー? なーんか、想像と違くなーい?
追放どころか、歓迎ムードなんですけどー?
いや、シーンとしていた皆さまが反対してくれれば、シスターさんも考えを変えて……。
「おおっ!! 聖女様が加護をお受けになったぞ!!」
「なんと神々しい……!! これが天使様の御力……創造神様の奇跡なのですね……!!」
「うぅ……ぐすっ……俺、俺……今まで生きててよかったぁ……うぉおおおおおおおおおん!!」
「天使様万歳! 創造神様万歳!! 天使様万歳!!! 創造神様万歳!!!! 万歳!!!!! ばんざぁああああああああああああああああい!!!!」
「感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝……!!」
わぁ、もう駄目だコレぇ(諦め)。
教会内はもう狂喜乱舞の大合唱。歓声の嵐。感情の大爆発。
あちらこちらで叫び、泣き、祈り、感謝感謝し……要するに、混沌だった。カオスだった。
俺? 台座の上でプルプル震えているだけだぜ? こんな騒ぎの中でコミュ障が何かできるとでも? 人の圧に潰されて死にそうにだぜ……。
内心で乾いた笑いを浮かべた俺の目の前に、追い打ちをするようにウィンドウが現れる。
『種族クエスト
クエスト名:教会の天使様
内容:教会にやってくるNPCに加護を与えましょう。
達成条件:教会の一日の開放時間の内、三分の一以上滞在し、NPCに加護を授ける。
期限:無期限
報酬:一日毎に1000種族EXP、ランダムアイテム、10000ソル』
『クエストを受けますか? Y/N』
…………ふーん?
ほい、ポチッ(Yes)。
なんかもう、いいや。もう一周まわって、なんだか清々しい気持ちになった。
とりあえず、この教会でクエストをやりつつ、隙を見てNPCと会話をしよう。
逆に考えろ? いちいちNPCに会いに行かなくても、向こうから来てくれるんだぞ?
自分から話しかけるとか、超絶怒涛のクソ雑魚コミュ力の持ち主たる俺には難易度高すぎ高杉君(中学の同級生。三年間クラスが一緒だったが一度も会話したことナシ)。
まずは、向こうから話しかけるくれるこの状況を利用して、一往復だろうと会話のキャッチボールを成立させよう!!
コミュ障(究極)からコミュ障(最上級)くらいになれりゃ御の字だ!
――――という感じで、俺のMMOは教会の天使様スタートという謎の始まり方をした。
その後、教会に集まった人に加護をかけ、拝まれ、加護をかけ、感謝され。
怪我してる人に回復魔法をかけたり、冒険者っぽいNPCに強化魔法をかけてみたり、それによって解放されたクエストをやって。
そんな感じでMMOをプレイすること、一週間。
春休みが半分経過した時点で、俺は――。
――――――――『天使』から『大天使』に進化した。
『ワールドアナウンス:初のクラスアップが確認されました。これよりワールドクエスト【災厄の兆し】を開始いたします』
もう一話在るよー