一六話 『自己紹介』・初めて会う人などに、姓名・職業などを述べ自分が何者であるかを説明すること ・コミュ障を殺す行為
パソコンが逝きました
萎えに萎えた結果、こんな時期になりました。誠に申し訳ありません。
iPadで書いているので、更新遅くなるかも……。
あと、今年最後の更新です。
アリフ村。
始まりの街の東門からフィールドを抜けた先にある長閑な農村である。
そんな村の宿屋の一室で、俺はベッドに腰掛け、ぼーっと窓からの景色を眺めていた。
かやぶき屋根の民家がちらほらと点在し、質素な服を来た村人たちがせわしなく歩いている。
はえー、すっごい。まんま田舎の村って感じだな、ここ。こういうのんびりとした雰囲気は結構好きだ。
……あっ、でも村社会ってもの凄く集合体意識が高いって言うよな。
俺みたいな『人付き合い? ちょっと何言ってるのか分からないですね?』な人間は、速攻で村八分になる未来しか見えないな、ははっ。……はぁ。
「アーイちゃん! 捕まえたヨー!」
そんなことを現実逃避気味に考えていると、がばり、と背中にのしかかられる。
重みを感じると同時に、ふにぃ、と柔らかな感触が背中に広がる。男であるなら垂涎物のそれに、しかし俺の心はピクリとも動かなかった。
……今は、それどころじゃないんだよなぁ……はぁ……。
ため息を吐きながらちらり、と視線を横にやると、キョトンとした表情をキャロルが視界に映る。
「アイちゃん? 一体何をたそがれてるのかナ? てか、お目目のハイライトは一体何処に行っちゃったのかにゃ?」
「…………世界の果てにでも飛んで行ったんじゃないか?」
「わぁ、すっごいローテンション! せっかく楽しいゲーム中なんだから、もっと笑顔を浮かべてみようヨ! てか、アイちゃんのカワイイスマイルが見たいんだヨ!!」
「…………にこっ」
キャロルの要望に答え、笑みを浮かべてみせると……なんだか、可哀想なモノを見る目をされた。やだ心外。
「アイちゃん……その笑顔は止めよっか? そんな夫に棄てられパートと内職で生活費を稼いでる母親が疲れを隠して子供に『大丈夫だよ』って言うときみたいな笑顔、見てるこっちが辛くなってくるヨ……!」
「…………どんな笑顔だ、ソレ」
そう言うと、キャロルが無言で懐から手鏡を取り出し、そっと差し出してきた。そこに、俺の顔が映る。
……うん、まぁ、確かに酷い顔してるわ。目は死んでるし、笑みは引き攣ってるし、心なしか髪の毛まで萎びているような気もする。
……まぁ、今の俺の精神状態を鑑みれば、こんな顔しててもおかしくないか。
心は汚泥が溜まっているかの如く重く、思考はカラカラと空回るばかり。
浮かべてみた笑顔も、一瞬のうちにどんよりとした表情に戻ってしまう。
「一体何があったのサ。ボクの腕の中で、甘える子猫みたいになっていたかぁいいアイちゃんは何処に行っちゃったの?」
「…………さぁ」
「ここにボクの首にぎゅーーーっ!! って掴まってるアイちゃんのスクショがあったりするんだよネー? これが動かぬ証拠ってやつだネ!」
「…………へぇ」
「……アイちゃーん? 本当にどしたの? リアルで嫌なことでもあった?」
「…………何も。はぁ……」
そう、別に何かあったわけではない。これから訪れる出来事に対して、憂鬱な気持ちが抑えられないだけだ。
この後すぐ始まる地獄の行事……。
「…………自己紹介が嫌すぎる……帰りたい……かえっちゃだめ?」
「帰っちゃだめだヨ!? これからみんなにアイちゃんのことをばっちり紹介しなくちゃイケないだからネ!?」
「…………知らない人、コワイ。どうせまた、『うわっ、何この人』みたいな目で見られるんだ」
思い返される中学時代。俺と目を合わせただけでさっと顔を逸らして去って行く男子生徒。遠巻きにひそひそと内緒話をしながら、俺を見て悲鳴を上げていた女子生徒達……ううっ。
「もういっそ面白いくらいにネガティブ思考だネ!? だ、大丈夫だヨ、ボクの仲間はみんな良い子だからネ! アイちゃんを馬鹿にしたり笑ったりする人は一人もいないヨ!! それはリーダーのボクが証明するから、安心して?」
「…………ほんとう?」
不安のあまり浮かんできた涙をなんとかこらえながら、キャロルへ縋り付くように問いかける。すると、なぜかキャロルは頬を染めながら顔を逸らした。……どしたの?
「……ぶつぶつ(いやーやっぱ破壊力パネェわぁ……これで男の子? え? ちょっと女をやめたくなってきたんだけど……てか、アイちゃんを避けてた人たちも、この破壊力抜群のかわいさにやられていただけなのでは……?」
「…………キャロル? どうかしたのか?」
「えっ!? あ、ううん! なんでもないヨ! いようし、ソロソロみんなを呼んじゃおっか!」
つ、ついに来てしまったか……ええい、もう逃げることはできないんだ。覚悟を決めろ、俺ぇ……!
ゴクリ、と唾を飲み込み、キャロルが「じゃあ皆、入って来てー!」と呼びかけた扉を見つめる。
ガタリ、と音を立てながら、内開きの扉がゆっくりと開かれーーーー
「ウチ、参上!」
「さぁ、貴女の罪を数えなさい……!」
「ここから先は、シアンのステージなのです! ……あの、これ本当にやる必要があったのです?」
「通りすがりの生産職プレイヤーよ。覚えておきなさい」
すごい勢いで入ってきた四人の女の子が、それぞれ香ばしいポーズをビシリッ! と決めて見せた。
……え、何これ? もしかして、最近の若者の間では、こんな感じで初対面の相手の前に登場するのがトレンドなの? ……うーん、俺にはついていけそうにない領域だなぁ。
とてもユニークな登場をしてくださった四人を、ちょっと引きつつも観察する。
一人目は、確かタワーシールドを装備してた重装備の子。
褐色の肌に、ウェーブの掛かった金色の髪。体つきはとても女性的であり、思わず目が吸い寄せられる。
美人系の顔立ちにはバッチリとメイクが決まっており、明るい雰囲気も相まっていかにも『イマドキのギャル』って感じだ。
……つまり、俺の天敵である。中学時代、こんな感じの女子に無駄に絡まれてなぁ……遊び半分で女装させられて、それを無言で眺められるという謎の拷問を受けたりしていた。うっ、思い出すと頭ががが……。
今は重装備を着けておらず、白のシャツを腕まくりして、短いスカートを履いている。惜しみなく晒された生足と、第三ボタンまで開けられたシャツの胸元が目に毒だった。無防備すぎやしません?
二人目は、和服に身を包んでいた女の子。今日は藤色の着物に朱の袴を着ていた。
白雪のごとき肌に、紫がかった黒髪をポニーテールにしている。和服に包まれた肢体はすらりと均整が取れたスレンダーボディ。
日本人形じみた美貌は、特にその目元が鮮烈だった。触れたら切れる日本刀のごとき鋭さを持つそれは、見られただけで心身ごと凍ってしまいそうなほど。
香ばしいポーズを取っていても、その立ち振る舞いからは気品というか、優美さというか……『あっ、なんかこの人住む世界が違う?』って感じの雰囲気を纏っている。
もしかしてリアルでもお嬢様未知な立場の人なのかもしれない……でも、俺を見る目がなんか……なんか、獲物を狙う肉食獣みたいになってる気がするんだけど……き、気のせいだよね!
三人目は、あの凄まじい雷魔法を使っていたシアンさん。
エメラルドグリーンのツインテールを揺らし、アメジストの瞳は呆れがたっぷり詰まったジト目状態。一人だけポーズもおざなりだ。
衝撃的で頭おかし……ユニークな登場に疑問を抱いているご様子。あっ、よかった。おかしいと思ってるのが俺だけじゃなくて良かった……。
昨日の綺麗さと可愛らしさが仲良く調和していたドレスではなく、シンプルな黒のワンピースに身を包んでいる。これはこれで、シアンさんによく似合っていた。
一応、自己紹介を済ませている人なので、目があった時に会釈をしておく。……思いっきり目を逸らされたけどな。
俺、シアンさんに嫌われてない? ……まぁ、人に嫌われるのには慣れてるから、今更どうとも思わんが。せいぜい、ちょっと心がボロボロになる……くらい……だし……ぐすん。
ぐっ、と胸を押さえて肩を落としていると、ぽんぽんと頭を叩かれた。キャロルか? 今はそっとしておいて欲しいのだが……。
「…………頭を撫でるな。俺は子供じゃない」
「へぇ、これは新鮮な感覚ね。こんなに可愛いのに、すごくぶっきらぼう。しかも俺っ子。ついでに言えば男の娘。小動物的な可愛さと妖精っぽい神秘性が同居しているのね。これはまた、素晴らしく創作意欲を煽ってくる娘を連れてきたじゃない、キャロル?」
「へっへーん! でっしょー!? アイちゃんはマジモンの天使様なのだヨ! 容姿的にも、性別が分からないという意味でもネ!!」
あれ、キャロルじゃない!?
驚いて上を向くと、至近距離に四人目の……なんか、香ばしいポーズを一番ビシリと決めていた、唯一昨夜会っていない女の子の顔があった。
うぐっ……ち、近い……! キャロルの仲間って、それで選んでるんじゃってくらい容姿が整ってるけど、この子もその例に漏れない。あまりお目にかかれないタイプの美少女だった。
空色のおかっぱヘアに、眠たげな赤色の瞳。シアンさんとどっこいどっこいの身長と……俺がベッドに腰掛けているせいで、ちょうど目の高さで揺れている、幼げな容姿に似合わない二つの膨らみ。
ポケットがたくさんついたオーバーオールに包まれた、男の本能を刺激してやまない柔らかそうなそれから、咄嗟に目を逸らす。な、なんでこんなに無防備なんだ……?
「……ふむふむ、なるほどね」
な、何がなるほどなんでしょーーーーひゃあ!!?
な、なななななッ! や、柔らかいものが、か、顔全体にぃ……!? ふにぃって、ふにぃいいいってしたぁ!!
どど、どうして俺は初対面の女の子の胸に顔を埋めているんだ!? てか、抱きしめられてる!!?
「…………な、何……を……?」
「これに反応するということは、ちゃんと男の子なのね。まぁ、照れてる姿はどう見ても女の子だけど」
し、質問の答えが返ってこない……それより、早く離れて!? そろそろり、理性がぁ……!
なんとか離れようともがくけど、全然剥がれない。俺のSTRぇ……!
そうしていると、バタバタと慌てたような足音が近づいてくるのが聞こえてきて、俺に抱きついている女の子の体がぐいっ、と後ろに動いた。
その反動で、柔らかい地獄から解放される。た、助かった……! 若干残念な気もするけど、とにかく助かった……!
「ファブリカ! 何をしてるのです!!?」
「何って……ちょっとした確認よ。この目で見てもちょっと信じ難い話だったから、自分の手で触って確認したかったの。一流の職人としては、己の手で触れて感じたもの以外は信用できないし……」
「貴女の職人の矜持と、い……アインス・トゥルーカームに抱きつくのは関係ないのです! 痴女じみた行為はやめるのですぅ!!」
俺を助けてくれたのは、シアンさんだったみたいだ。良かった、シアンさんのおかげで、俺の理性が焼き切れる事態は避けられた。感謝しかないぜ。
熱くなっている頬を押さえながらそちらを見ると、シアンさんと……ファブリカさん? が、向かい合っていた。
シアンさんは不機嫌さを隠そうともしない怒り顔でファブリカさんを睨み、ファブリカさんは眠たげな表情のままそれを受け流している。
ファブリカさんが、ふっと挑発的に微笑む。
「あらシアン、なんだか妙に反応するわね? この子に私が抱きつくのが、そんなに嫌? もしかして……嫉妬だったり?」
「は、はぁ!? なんでシアンがし、嫉妬をしなくちゃいけないのです!? へ、変なことを言わないで欲しいのです!」
「ふぅん? なんだか独占欲じみたものを感じたのだけど……私の気のせいだったかしら?」
「かんっぜんに! 気のせいなのです!! シアンはこんな……」
ちらり、とシアンさんの視線が俺に向けられる。
えっと、どうすれば……? と、とりあえず笑いかけてみるとか? こう、友好ですよとアピールする感じで……ニコっ?
「……ッ! こ、こんな男か女か分からない変な奴なんか、シアンは超苦手なのですぅう!!!」
「…………がふっ」
め、メチャクチャ嫌がられた……!? うぅ、やっぱり俺、シアンさんに嫌われてるのかぁ。
俺の何が気に食わないんだろう。存在……とか? それはどうしようもないんだよなぁ……はぁ。
がっくりと肩を落とす俺の元に、重装備の子と和服の子が睨み合う二人を近づいてきた。
「ヤッホー、天使様! ダイジョブな感じ……じゃ、ないね?」
「全く、あの娘は……すみません、アインスさん。シアンだけ、何故か妙にアインスさんを敵視していまして……」
「…………大丈夫、です。嫌われるのには、慣れてるので」
心配そうに聞いてくる二人に笑みを返す。……随分と力のない笑みになってしまった気がするけどな。
すると二人は憐れむような瞳になって、徐に俺の頭にポンと手を置き、よしよしと撫で始める。
「……ウチ、シュテルン・ヘキサフロルってんだ。アイっち、ウチはアイっちの味方だかんね?」
「私は、トモエ・リンドウです。私もまだ会ってまもないですが、アインスさんが嫌な人とは思いませんよ」
「…………は、はい」
うぅ、二人の優しさが心に染みる……。
でも、いきなり頭を撫でられると緊張で体が固まってしまう……というか、二人はいつまで俺の頭をなでているのだろうか……?
「うわぁ……アイっちの撫でごこちやばくない? 癖になっちゃいそう」
「非常に手触りがいいです。極上の絹織物のよう……それに、私の撫でにされるがままになっているアインスさんが、とっても……ふふっ」
「あー! 二人ともズルイー! ボクもアイちゃんの頭撫でるーー!!」
キャロル!? お前まで……「とりゃー! なでなでー!」……と、止める間もなかった……。
ベッドに腰掛け、三方向から頭を撫でられるという謎の状態に。てか、異性に囲まれてるこの状態は……ちょ、ちょっと、心臓に悪いんだけど……?
「あら、楽しそうなことしてるわね。私も混ぜてちょうだいな」
ファブリカさん!? さっきまでシアンさんと言い合いをしてたんじゃ……って、なんで貴女まで俺を撫で出すんだ!?
「確かに、いい撫で心地ね。ふむふむ……創作意欲が掻き立てられるわ。ああ、それと。私はファブリカ・ドヴェルグよ。これからよろしくね」
「…………あ、はい」
「なでなで……なでなで……ふむふむ、興味深いわ」
俺の頭は一体なんなんだ……? 一心不乱に撫でられてるけど、なんかおかしな成分とかでてないよな? 天使のわっかくらいしかないはずだけど……。
四方向から頭を撫でられるという珍妙な状態になっている俺は、下手に動くこともできずされるがまま状態で……『ゾクっ!』
はっ、殺気!? なんで殺気!?
ぞくぞくする気配を感じ、そちらに視線を向けると……何故か、ものすごく怒った様子でこちらをみるシアンさんがいた。
しゅ、修羅だ……修羅がいる……こ、怖いぃい……!
「……んの、ばか」
「…………あ、あの……シアン、さん?」
「………………アインス・トゥルーカーム」
シアンさんは怒りの表情のまま、ゆっくりと俺に人差し指を突きつける。
そして、胸の内の衝動をぶちまけるように、俺に向かって叫び上げた。
「シアンは、貴方を認めないのですッ!! 貴方のような軟弱者なんか、絶対に認めてやらないのですぅうううううう!!!!!」
やっぱり、メチャクチャ嫌われてるぅ……。
読んでくれてありがとうございます。
来年も、この小説をよろしくお願いします。
それでは、良いお年を。