十五話 自分でも信じられないような出来事でも、めちゃくちゃ驚かれると『そんなに驚かんでも……』ってなる
明日という概念が壊れている、どうも作者です
……言い訳はしません。ホロのライブ良かったよね。アレ見た衝撃で何も手が付かなかったです。
朝、時刻は六時半。
ガバリ、とベッドから起き上がった俺は、枕元の目覚まし時計を見て、首を傾げた。
……まだ、こんな時間か。目覚ましなるまであと三十分あるし……二度寝と洒落込もうかね?
もう一度ベッドにボフン。布団を被ってスヤァ……しようとしたのだが、妙に目が冴えてしまい、結局起きることに。
きっと、昨日の興奮がまだ抜けていないのだろう。いろいろ……本当にいろいろあったからなぁ……。
パジャマ姿のまま洗面所に行き、顔を洗う。冷水をパシャパシャと顔に掛けていると、残っていた眠気が水と一緒に流されていく。
「…………ぷはっ」
ふいぃ、さっぱりした。
脇に置いておいたタオルで水気を適当に取り、顔を上げた。
洗面台の鏡に、俺の顔が映し出される。
「…………はぁ」
いつ見ても、覇気に掛けると言うか……情けない顔してるよなぁ。
目鼻立ちは……智璃の評価によれば、整っているらしい。俺はそうは思わんが。
なんというか……全体的な印象として、なよっとしているのだ。
それでいて、目だけがぎょろりとしている。この眼光で一体何人に嫌われてきたことか……ふっ、『死神の邪眼』とでも名付けてやろうか?
肌もお前ほんとに日本人か? ってくらい白い。アウトドア? ははっ、俺から限りなく遠い単語だな。
髪の毛は真っ黒で、真っ直ぐに伸びている。後ろは肩甲骨くらいの長さで、前髪は目が隠れるくらい。
もう、何年美容室に行ってないんだっけ? まぁ、髪を切られてる間、延々と話しかけられるというアンチコミュ障な場所に行きたいとも思わないけど。
これ以上自分の顔を眺めていると憂鬱な気持ちになってくるので、さっさと切り上げてリビングへ。朝食でも作りましょーか。目玉焼きと卵焼き、どっちにしようかなー。
そんなことを考えながら、リビングの扉をくぐり中に入ると――珍しい人物が、ソファに座っていた。
「…………あれ、母さん?」
「あっ、いっくんだぁ。おはよ~」
「…………おはよう。珍しいな、朝にのんびりしているなんて」
リビングのソファでだらぁーっとしていたのは、パジャマ姿のお袋だった。
朝にお袋と会うなんて、珍しいこともあったもんだな。
いつも忙しそうにしていて、俺や智璃が起きてくるころには家を出ていることがほとんどだと言うのに。
首を傾げる俺に、お袋は機嫌よさげに微笑む。
なお、お袋は智璃の母親ということもあり、非常に整った容姿をしている。
あと、若い。そろそろ四十近いというのに、智璃と出かけると姉妹と間違われる程度には若い。
『老化抑制』とか『若作り』とかそんな感じのスキルでも持っているのだろうか?
「きょうは~、珍しく仕事がお休みなのだよ~。だから、一日のんびりしまぁ~す」
「…………それにしては、早起きだな」
そう言うと、お袋はご機嫌な表情から一転、しょんぼりとした顔になってがっくりと肩を落とした。
……いちいちリアクションがオーバーな人だ。そして、それが似合っているからたちが悪い。
「うぅ……いつもの癖で、早起きしちゃったのだよ~。せっかくのお休みなのに~~」
「…………身体に染みついちゃってるじゃねぇか」
「うわぁ~~ん! わたしは社畜じゃないのぉ~~!」
じたばたとソファの上で駄々をこねるお袋に、ジトリとした視線を向ける。いい歳して何やってんだか……。
まぁでも、お袋が社畜根性が染みついてしまうほど働いてくれているおかげで、俺も智璃も何不自由ない暮らしが出来ているわけでして……。
いい機会だし、軽い親孝行でもしますかね。
「…………母さん、朝ごはんは?」
「まだぁ~。作るのがめんどくさいのだよぉ~。コンビニで何か買ってこようかなぁ~?」
「…………いや、俺が作るけど、何かリクエストはある?」
「ぅえ!? いっくんが!?」
がばり、と起き上がり、まじまじと俺の方を見てくるお袋。
いや、そんな信じられないみたいな顔されましても……いつも、俺と智璃の朝ごはん、誰が作ってると思ってんの?
「はぇ~……いっくんって料理出来たんだぁ……。もう、いっくんって自分のこと全然話さないから、全然知らなかったのだよ~」
「…………まぁ、それに付いては悪いと思ってる」
中学時代とか、自分のことをまったく話したがらなかったからなぁ、俺。
ボッチ生活とコミュ障による量産された黒歴史を家族にばらすのが嫌だったし……仕事で忙しそうな両親にそれを話して心配をかけるのも嫌だったからな。
バツが悪くなり、逃げるようにキッチンへ。
もう一度、「何を食べたい?」と聞くと、お袋からは「なんでも~」と返ってくる。
冷蔵庫を覗き込みながら、ため息を吐いた。そのリクエストのされ方が一番困るんだよなぁ……。
なんでも、なんでもねぇ……じゃあ、これでもいいのか? 冷蔵庫の棚に手を伸ばし、パックに入った『ソレ』を手に取った。
「…………こないだ興味本位で買ったイナゴの佃煮がある」
「お母さん、スクランブルエッグが食べたいのだよぉ~」
「…………最初からそう言ってくれ」
「ごめなさ~い」と反省してるんだかしてないんだか微妙な返答をもらいつつ、イナゴの佃煮を仕舞って卵を手に取った。
調理中……調理終了。
お袋のリクエストのスクランブルエッグと、あとは適当に栄養バランスがよさそうな感じの朝食が出来上がった。
皿をテーブルに並べると、ソファからよたよたと歩いてきたお袋が席に着いた
「ふぁあ……こ、これがいっくんの料理……!」
「…………そんな大げさなモノじゃないぞ」
「あーん、ぱくっ……もぐもぐ……。んんぅ~~! 美味しいのだよぉ~~!」
「…………はいはい、お粗末さま」
ぱくぱくと俺の作った朝食を口に運びながら、ひどく満足そうに笑うお袋。
……ほんと、そんな大げさなモノでもないけど……まぁ、そんくらい喜んでもらえるなら、悪い気はしない……かな?
ただまぁ、いちいち「美味しい~」だの「いっくんすごーい」だの言ってくるのはどうにかならない? 過剰な誉め言葉はコミュ障にとって毒ぞ?
「そーいえば~」
「…………なんだ、母さん」
気恥ずかしさから背けていた顔を、お袋の方に向ける。
おう、なんだその顔は。微笑ましいモノ見るような生温かい目は一体なんぞ?
少々警戒しつつ聞き返すと、お袋はにこりと緩い笑みを浮かべた。
「何かいいことがあったみたいだねぇ~?」
「…………どういう意味だ?」
「そのままの意味なのだよ~? 今のいっくん、なんだかすごくうれしそうな顔してるし~。これは何かあったんじゃないかって思ったのだよ~。それで、どうなの~?」
「…………いいこと、ね」
……まぁ、あったかと言われれば、あった。
椅子の背にもたれかかり、視線を天井へ。照明の光を眺めながら思い返すは、昨日の出来事。
ファンタジーMMORPG内で慈善事業に勤しむというよく分からないプレイング(不本意)をしていた俺に訪れた、ファンタジックで、それ以上にエキセントリックな事件。
出会いからして、普通なんてどこにもないくらいおかしかった。
筋金入りのコミュ障が吹き飛んでしまうほどの衝撃を俺にもたらした、自称美少女怪盗を名乗る少女との邂逅。
それを皮切りに起きた、一夜の出来事。
何もかもが滅茶苦茶で、はちゃめちゃな逃走劇。女の子にお姫様抱っこをされるという、早急に消してしまいたいのになかなか忘れられない思い出。
ものすごくいいタイミングで現れた助っ人二人。敵を瞬く間に蹂躙した雷光。
そして、俺を利用する気でいた聖女と怪盗少女との戦闘。
ずっとおんぶだっこ……というか、ずっとだっこ状態だったけど、最後の最後に、ほんの少しだけ役に立てたんじゃないかって思う。
そして……。
「…………まぁ、なんというか。知り合い……というか、ゲーム仲間、みたいな人が出来てな」
天井を眺めたままそう言って……あまりのこそばゆさに、慌てて顔を逸らした。
うわぁ……対人耐性皆無だから、誰かのことを『知り合い』とか『仲間』とか言うのが恥ずかしすぎる。……友達? うーん、恥か死する可能性まであるなぁ。
現実逃避気味にそんなことを考えていると、突然がばりと温かい感触に包まれた。……は?
何故か、何時の間にか俺の側に来ていたお袋に抱き着かれていた。……何故?
そのまま、頬ずりまで……!? おい、思春期の息子に過剰なスキンシップをするんじゃねぇ!! 恥ずかしさで死にそうだろうがッ!!
「なっ…………か、母さん?」
「ん~~~~~! 照れてるいっくんかわいぃ~~~~~!! はぁ~~ウチの息子、生まれる性別間違えてない? でもでも、こんな可愛い子が女の子なわけないし……」
「…………トチ狂ってないで離れろっ」
ああくそっ、引き剥がそうとしても身長差と体勢でまったく上手くいかない……!!
その間にも、お袋は抱きしめる力を強くしてくるし……!! 誰かーー!! 誰か助けてーー!!?
「……兄さん、それにお母さんも。朝早くから何をしているのですか?」
そ、その声は!!? 我が最愛の妹、智璃ではないか!?
いつの間にかリビングに現れていた智璃が、ひどく残念なモノを見るような目でこちらを見ていた。やめて、そんな馬鹿を見るような瞳で俺を見ないで。
っそれよりも、お袋をどうにかして引き剥がしてくれ!? ホントにマジで抜け出せなぐぇ……!? う、腕が首にはま、って……!?
窒息の危機に陥る俺を見てため息を吐いた智璃が、お袋の肩をポンと叩いた。
「お母さんお母さん、そのままだと兄さんが死んでしまいますよ?」
「あれぇ? わぁ~~! いっくん、大丈夫~?」
「…………あまり、だいじょばない……」
息が……出来る……? ああ、酸素が上手いぜぇ……。
ゼーハーゼーハーと息を整えていると、呆れかえってむしろ無表情になっている智璃がジト目を向けてくる。
「……とりあえず、おはようございます、兄さん。随分と楽しそうでしたね?」
「…………おう、おはよう。今日も可愛いな、智璃。あと、楽しくは無かったぞ……」
もう少しで意識が危なかったからな。ブラックアウト寸前で智璃が来てくれなかったら、どうなっていたことか……とりあえず、お袋に恨めしい感情をのせた目を向けておく。
「あぅ~~、いっくん。そんな目で見ないでほしいのだよ~」
「…………反省してくれ、母さん」
「いっくんが可愛すぎるのが悪いっ!」
「…………反省する気ゼロかよ」
「はぁ……お母さんはこれだから……ところで、何でそんなに騒いでいたんですか?」
呆れたようにため息を吐く智璃が、そう聞いてきた。
なんでこんなことに……かぁ。まぁ、一言で言うなら……。
「…………俺に、ゲーム仲間……みたいな人が出来たって話したら?」
「へぇ、兄さんにゲーム仲間が……って、兄さんに!!? ゲーム仲間ぁ!!?」
え、そんなに驚くこと?
……いや、驚くことか。俺のコミュ障具合を一番よく知っているのは智璃だしなぁ。
「こ、コミュ障の極みみたいな兄さんに、親しい人物が……? きょ、今日で世界が終わるのでしょうか……?」
「…………それは流石に驚きすぎなのでは?」
「も、もしくはアレですか? 兄さん、物につられたんですか!? お菓子とか!?」
「…………俺は、子供か」
憮然として言い放つも、『信じられない』という表情を止めることはない智璃。
いやまぁ、気持ちは分かるけどさぁ……? 流石に信用なさすぎるだろ……。
そっとため息を吐いて、俺はがくりと肩を落とした。
読んでくれてありがとー! 感想も評価も励みになっています!!
相変わらずプロットづくりに手間取ってますが……まぁ、鋭意制作中ということで。
それでは、また次回!