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自己再生なんて、ぜんぜんギフトじゃない!  作者: 氷見野仁
第2章 『ドライアドの秘密』
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第52話 フレイア・ドルイド

「奇跡だ……」


 リストアはライラとクイックを叩き起こし、ラビを抱きしめるエリックの元へと戻ってきて、そう呟く。そうとしか考えられない。


 彼の【復元(リペア)】は一見使い勝手のよい蘇生手段のように見えるが、そうではない。死後も肉体を万全の状態へ戻すことができるものの、戻せるのは肉体だけで、魂と呼ばれているものまでは戻すことはできない。


 見た所、ラビの心臓が止まってから経過した時間は10分ほど。蘇生はほぼ叶わないと思われた。しかし、生き返った。まさしく奇跡と言わざるをえない。


『奇跡ではない。必然だ』


 その時、背後から声が聞こえる。


 戦闘が可能な人間は全員戦闘態勢へと移る。


『やめよ。妾はもう戦う気も、戦う理由もない。目的は達した』


「俺の娘をこれほどまでにしておいて、よくもぬけぬけと……」


『その件についてはすまぬと弁明しておく。個人的な事情であまりにも苛立ちが募っていたのでな。加減を間違えた』


「そんなことで納得できるか!」


「待って、パパ。いいよ。私のために怒ってくれてるんでしょ?」


 怒りで震えるエリックをラビが諌める。そして、話を続ける。


「私が意識を失う前、あなたは言ってましたよね。なんでその祝福を自分以外に使わないんだって。あれって、どういう意味ですか?」


『フン、そのままの意味だ小娘。ヒントは与えた。あとは自分で答えを見つけろ』


 ラビは、少し広角をあげ、まだ強くなれそうだと、安心して、そしてまた意識を失った。


「ラビ!? ラビ!」


「ボス、大丈夫です。気絶しただけです」


「そ、そうか。よかった」


 エリックは安心すると、ドライアドの方を向く。まだ再生中なのか、肩から先の傷口からはメキメキと、樹木が覗く。横にはフレイアと呼ばれていた女性。人間にしか見えないが、戦ったリストアからは獣だと聞いている。


 リストア達3人相手に圧勝。相当強い。見立てとしてはフロウ程度はあるだろう。なので、戦闘にならないよう慎重に言葉を選ぶ。


「なぜ、ゼータという少年はあなたをテイムできなかったのですか。すでにテイムされているということでしたが、誰に。あなたほどの方が……」


『そなた、それほどの力を持っていながら、目は節穴だな。すでに妾は、娘のフレイアとリンクをつないでいる』


 ……ええええええええええ!? と、エリックだけではない。その場で起きている者、フレイアを除き全員の声がシンクロし、木霊する。フレイアはアルカヌム・デアの面々の反応に怪訝な顔を浮かべる。


「し、しかし! 獣同士でリンク!? どういうことですか! それはテイムではない! ゼータの能力を防ぐ理由にはならない!」


『なにを言っておるのだ。フレイアは人間だ』


 ええええええええええええええええええええ!? さらに大きな声が、響き渡る。先ほどと人数は一緒だ。しかし、変わった部分が一つ。カエデが黙り、フレイアが加わっていた。


「どーりで……。獣って言ってたのにわたしの索敵に引っかからないと思った」


 カエデだけが、納得の表情をしていた。


 しかし、そんな中一番驚いていたのは、フレイアであった。口をあんぐりと開け、ドライアドを見ている。


「は、母さま? え、嘘ですよね? 私、人間なんですか? 今までそんなこと言ってませんでしたよね?」


 フレイアが、ぷるぷると震え出す。今までの自分のアイデンティティが否定されたかのような、そんな気分になってしまう。


「私、今まで獣として育てられてきたんですよ!? それをいきなり、人間だなんて言われても、困ります! 第一、私が人間なら、母さまは、本当の母親じゃないということですか!?」


『そうだな。その話もしておこう、いい機会だ。……話は20年前に遡る』


 ◆◆◆


『ハァ〜、今日も大樹海に侵入者が多い』


 ドライアドは、毎日代わり映えのしない生活をしていた。大樹海奥地で一日中問題はないか監視する。そんな1日。それをもうずっと続けていた。たまに来る旧友も、煽りに来るのがメインで大した暇つぶしにもならない。


 今日も侵入してきた人間、獣、動物、形態問わず樹海に悪影響が出ないよう監視する。


 そんな生活を続けていたある日、ドライアドは樹海のある部分に、異常な歪みを検知した。場所は入り口付近。周囲を子飼いの獣(トレント)や暇な精霊に監視させ、久しぶりのおでかけだと、奥地の、好んで利用する森の泉を出て、入り口まで歩く。たまの散歩だ、空気を楽しみながら入り口の歪みを検知した場所まで出向くも、特に異常は見つからなかった。


『何か、監視中に変化は?』


『何もなかったよ〜? きゃはは、きゃはは』


 木の精霊たちは、なにもなかったと、笑いながら答え、飛び去ってゆく。


『はぁ〜、無駄足か』


 ぽりぽりと頬をかき、帰るか、と踵を返すと、かすかに声が聞こえてくる。子供の泣き声のような、そんな声だ。かすかに声が聞こえる方へ、足を動かす。声が、大きくなる。


『ぉぎゃー、おぎゃー!』


 木のうろに、子供がいた。泣いていた。


『人間の、赤子?』


 ドライアドは、訝しむ。人間がいることはさして珍しくはない。よく獣を狩りに来ては、賢者の石を回収して帰ってゆくのだ。しかし、赤子は初めてだ。ドライアド大樹海を姥捨山のように使われたのは初めての経験であった。泣いているならばあやさなければと、ドライアドは母性のような反応を見せ、赤子を抱き上げる。


『きゃっ、きゃっ』


 あやすと、笑い出す。それがたまらなくかわいく見えた。


『おーよしよし、親に捨てられるとは、かわいそうになぁ〜、おーよしよし、親が見つけに来るまでは、守ってやろう』


 同じような毎日の繰り返し。しかしこの赤子はなにか、普段と違う日々を見せてくれる気がした。


 そこからは早かった。赤子の親が来るだろうと、しかししばらく待っても赤子を迎えにこない。まあ、来るはずもないかとドライアドは結論づけ、赤子にフレイアと名前をつけた。その頃にはフレイアは1歳になっていた。


 5歳まで、普通の子供のように育てた。遊び相手は、母親のほかに子飼いの獣や、精霊が務める。友達には、困らなかった。


 しかし、ある時ドライアドは考える。もしこのまま普通の人間の子供のように育てていたら、いつしか野生の獣に襲われ死んでしまうかもしれない。そうなっては問題だと、5歳を超えた頃から戦闘教育を施すようになった。


 フレイア、12歳。ドライアドから直々に戦闘の英才教育を受けていた。


『フレイア、踏み込みが甘い! 妾がそう間合いに入ったら半歩引けといつも言っているだろう!』


『ですが、母さま! 私は母さまのような速さで動くことができないのです!』


『できるようになるのだ! それがこの樹海で唯一生き残る方法だ』


『……はい!』


 そして、フレイア、17歳。大樹海の幽霊として活動を開始する。


『フレイア、この森には常に多数の人間が入り込んできている。知っておるな?』


『はい、知っています! それが、どうかしたのですか?』


『彼らは全員強く、森の生物を狩っている。火など使った日には、森が悲しんでしまう』


『なんと、許せない!』


『しかし、彼らは強い。あまり、踏み込むな。戦闘指南の仕上げだ。彼らの強さを見定める目を養え。相手が強い時は、逃げる。それが生き残り、さらに強くなるための秘訣だ。死地に、飛び込むでないぞ』


『はい、母さま』


 そして、フレイア、21歳。木のうろで彼女を見つけてから20年。立派な大人に成長していた。常識も、戦闘時の思考方法も、戦闘能力も。可能な限りは仕込んだ。あとは、本人の努力次第。


そんな時、森に多数の侵入者。


『フレイア、行くのか?』


『はい、母さま』


 ドライアドは満足していた。この20年。毎日が充実していた。しかし、獣と人間では、生活も寿命もなにもかもが違う。近いうちに本当のことをフレイアに伝えようと、そう考えていた。


 ◆◆◆


『これが、フレイアの生い立ちだ。フレイア、すまない。今まで黙っていて。血は繋がっていなくとも、妾はそなたを娘だと思っておる』


「私だって! その話を聞いても、母さまは、母さまです。ただ、私も母さまに秘密にしていたことがあるのです……」


『何?』


「私は、そこまで戦うことが好きではないのです……」


『な……!?』


「私は、ただ、母さまの喜ぶ顔が見たくて! 普段の母さまは、何もしていない時だと、どこともわからない場所を虚ろな目で見ていらっしゃいます! でも、私と話をしている時や、私のことを考えている時だけは、笑ってくれたり、怒ってくれたり、楽しそうで。だから、怖かったんです。私がしたくない、と言ったらずっとあのような顔をするかと思うと、言い出せず」


 娘の独白に、ドライアドが、涙を流す。


『なぜ言ってくれなかったのだ。私は今まで娘のことをしっかりと理解していなかった……。すまぬ……』


「謝らないでください。そんな母さまも大好きです」


『フレイア……』


 ふたりが、自分の心内を吐露し合っていると、それを横で見ていたアルカヌム・デア一行はからはすすり泣く声が聞こえてくる。


「いい話だ……」


 特にエリックがすごい泣いている。娘がドライアドに殺されかけたにも関わらず、治ったからか喉元過ぎれば熱さ忘れるとはこのこと。大雑把な性格も相まって大泣きしていた。それを見ていたドライアドが、ある話を切り出す。


『つまり、だ。フレイアは人間なのだ。いつまでもこの森で、人間相手に戦わせるわけにもいかぬ。そして、そなたらが唯一、フレイアが人間だと知っている者だ。虫のいい話なのはわかっている。フレイアを、人間の世界(オリエストラ)へ連れて行ってはくれぬか』


「母さま!?」


 フレイアが驚きドライアドへ詰め寄る。


「母さま! 私は今のままで十分幸せです! なぜそのようなことを言うのですか!」


『今回の騒動でわかった。獣の力を持つものが、動き出している。フレイア、そなたが持つ力のうちの一つがそれだ』


「獣の、力?」


 フレイアを含め、皆が首をかしげる。


『すまぬが、これ以上はある理由から言うことができぬ。とにかくだ。フレイア、そなたがここにいては危ないということだ』


「母さま……」


『フレイア、なにも今生の別れというわけではない。いつでも会える。ただ、もういい大人なのだから、親元を離れ、生活してみよということだ』


「母さま……わかりました。私は、彼らの住む都市へ行きます」


 フレイアは、エリック達の方へ向き直る。特に、リストア達3人に対してだ。そして、言葉を紡ぐ。


「殺し合いをしておいて、虫が良すぎるのはわかっていますが、私を、連れて行っていただけますか?」


 フレイアは彼らを中心に、エリック達へ深々と頭を下げる。リストアたちと戦った時のように、居丈高な雰囲気はない。リストア、ライラ、クイックの3人は笑ってしまう。本当にこの人が自分たちと戦ったのかと。自分たちが手も足も出ずボロ負けしたのかと。


「はぁ、俺たちはいいっすよ。冒険者なんだ、意見の相違で殺し合いになることもある。だから、誰も死んでないなら、遺恨を残す理由もありません」


「アタシも、あれはアタシが悪かったし、ごめん!」


「問題ないぜ」


 そう言うとエリックとフロウに話が振られる。二人が顔を見合わせ、フロウがエリックに発言を促す。


「うーむ、そういうことならうちとしては大歓迎なのだが、しかし冒険者として雇うとなると戦ってもらわなくてはならぬのだが……?」


「そうですよね……」


 フレイアが少し肩を落とし、悲しそうにした時、ずっと黙って話を聞いていたカエデがついに口を開く。


「なんと、今なら、幸運にも戦わなくていいポジションが、ある」


「え、そんなものありましたっけ……あ!」


「ないだろう……あっ!」


「「受付!!」」


 エリックとフロウが顔を見合わせ、唸る。


「うぅーむ、これは、運命かもしれんな……」


「そうですね……」


 一通り唸った後エリックがドライアドの提案への答えを返す。


「わかりました。娘さんを、丁重にお預かりしましょう。戦わなくていいポジションも用意します。慣れるまで少し時間はかかるかもしれませんが、問題ないでしょう」


『そうか、そうか。ありがとう。娘をよろしく頼む。フレイア、人間の世界を知ってこい。獣の世界を知っているそなたは、人間の世界では貴重だ。その貴重さを、しっかり発揮してこい』


「母さま! わかりました。 今まで育ててくださり、ありがとうございました。たまに、里帰りしますから」


『ああ、待っておるぞ』


 母と娘が抱き合う。その風景を見ながら、エリックは夕焼け空を見上げる。かなりの時間が経っていたらしい。


……あの四人組は煙のように消えてしまった。おそらく、探しても見つからないだろう。これは、起こったことすべてを正直に報告書に書けば、都市が荒れるなあ、と社長としての責務に対し、重い溜息を吐きラビとクロンを抱え上げる。


「では、ドライアドよ。我らはそろそろ戻ります。夜の樹海は、人間には厳しすぎる」


『うむ、それは確かに。フレイアよ、達者でな』


「はい、母さま」


 そう言って、別れの挨拶を済ませた。


『本当に、すまなかったと、エリック、そなたの娘に伝えておいてくれ。そして、祝福の鍛錬も忘れるなと。それと、そこの倒れている小僧。素晴らしい攻撃だったと伝えておいてくれ。……レオによろしく、とも』


「……? わかりました。必ず伝えます。フロウ、カエデ、リストア、ライラ、クイック!......そして、フレイアか。よし、帰るぞ!」


「……ふー、長い1日でしたよ」


「まったくだ、死にかけるのはこれっきりにしたいっすよ」


「「ほんとほんと」」


 彼らは、ゆっくりとオリエストラへと歩を進める。


『頼んだぞ』


 ドライアドは念押しし、去ってゆく彼らを見送った。


『……なるほど、「可能性の糸」か。確かに見たぞ、レオ。点と点は、いや、天と天は繋がる、か。……これは、荒れるなぁ』


 ドライアドはクロンに吹き飛ばされ、未だ内部が完全に再生されていない腕をさすりながら、彼らを見た。 


 クロンを中心に、何本も「糸」が伸び、ラビ、カエデとつながっていた。そしてそれは、フレイアにも。残りは、出ているが、どこに伸びているかはわからない。


『あの小僧がすべての鍵になる。 主よ、確かに「人の可能性」は繋がっておるようです』


 普段のように、広場の中央に腰を下ろし、目を閉じる。彼女はまるで、クロンを中心にうねる世界を、幻視しているようであった。

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